特集 ジガ・ヴェルトフとロシア・アヴァンギャルド映画

Austrian Film Museum/ Vertov Collection

今では"悪名高い"というべきかもしれない、ジャン=リュック・ゴダールとジャン=ピエール・ゴランらによって政治の季節に結成された「ジガ・ヴェルトフ集団」(1968~72年)のインスピレーションとなった映画作家ジガ・ヴェルトフと、共に活動をした撮影監督ミハイル・カウフマン、そして、ジャン・ヴィゴの『新学期・操行ゼロ』『アタラント号』に参加し、エリア・カザンの『波止場』で撮影監督を務めたボリス・カウフマンが、3兄弟であったことは有名な事実だが、このロシア革命を機に離散した兄弟が映画史に残した足跡はあまりにも大きい。アテネ・フランセで行なわれる本特集上映では、ロシア革命後もロシアに残り、映画の視覚表現の果敢な実験を試みたジガ・ヴェルトフ監督作品を中心に、ロシア・アヴァンギャルド映画を代表する11作品が特集上映される。この蒸し暑い東京の夏、極北の地のアヴァンギャルド映画に刺激を受けるのも悪くない。
2010.7.15 update
ロシア・アヴァンギャルド映画
井上徹(映画史・ユーラシア文化研究者)
アヴァンギャルドとは何か。未知の領域に接する最前線で〈向こう側〉へ足を踏み込む前衛だ。20世紀初頭、科学を武器として工業文明を本格化させた人間は、世界や自分自身のイメージをつくりかえ、新しい芸術文化を生み出していく。アヴァンギャルド運動は、その大きな流れに自覚的に加わり、未来の芸術を先取りしようとした。そして、19世紀末に工業技術の結晶として生まれた「映画」こそが未来を切り開く道具になると考えた若者たちが、ロシアにも登場する。ヴェルトフ、エイゼンシュテイン、ドヴジェンコ、その他......いずれも独自のベクトルで、映画を通じて人間活動の新たな領域に挑んでいった。
社会に出るタイミングで1917年のロシア革命に立ち会った彼らは、煽動宣伝の世界に活躍の場を見いだす。ジガ・ヴェルトフは革命直後に映画界へ入り、革命を伝えるニュース映画を作りながら、反革命軍との国内戦が続くなか、煽動列車に加わり煽動宣伝の最前線へと飛び出した。そして、キャメラを人間の視覚を拡張し、新しい認識をもたらす道具として活用する〈映画眼〉を提唱し、映画の可能性を追究する実験を推し進める。一方、エイゼンシュテインは、観客に衝撃を与える芸術を求めて演劇から映画界に転進し、ソビエト無声映画の黄金時代を現出した。しかし、〈事実〉をキャメラでとらえることを重視するヴェルトフからの批判を招き、映画の本質をめぐる論争を展開した。ウクライナやドイツで新しい芸術運動に出合ったドヴジェンコは、物語に依拠しない映像詩の領域を開拓する......。
ロシア・アヴァンギャルド映画は、いわゆる実験映画だけではない。多様な映画人がそれぞれの前線を発見し、新しい映画言語の創造と格闘した。そこから生まれた作品は、決して「歴史の一コマ」ではない。今もなお未知の領域に触れていて、われわれを刺戟する。この特集を見た者は、そのことを改めて確信するだろう。

Дзига Вертов ジガ・ヴェルトフ(1896.1.2~1954.2.12)
ソビエト連邦でドキュメンタリー映画に先駆的に取り組んだ映画作家。ジガ・ヴェルトフは「回るコマ」というほどの意味で、本名はダヴィド・アーベレヴィチ・カウフマン。1917年のロシア革命で、両親と末弟のボリス〈『アタラント号』(1934)などのキャメラマン〉は西側へ亡命したが、ヴェルトフはモスクワでソ連初のニュース映画を手がけ、煽動列車にも参加。人間の視覚を拡張する〈映画眼(キノキ)〉の重要性を提唱したが、『キノプラウダ』シリーズでは実験の行き過ぎに批判も受けた。『カメラを持った男』(1929)で世界的名声を得る。スターリン時代には自由な作品づくりができなくなり、失意のうちにがんで亡くなった。ゴダールらが1970年前後の政治の季節に「ジガ・ヴェルトフ」集団を名乗ったように、映画史を通じて重要な霊感源であり続けている。
2010年7月24日(土)~8月7日(土)(日曜・月曜休館/11日間)
会場:アテネ・フランセ文化センター
料金:一般 1回券=1,000円/3回券=2,700円
アテネ・フランセ文化センター会員=800円
※アテネ・フランセ文化センター会員入会をご希望の方は登録が必要になります。
登録料:一般=1,500円/アテネ・フランセ学生=1,000円(2011年3月まで有効)
お問い合せ:アテネ・フランセ文化センター
      東京都千代田区神田駿河台2-11 アテネ・フランセ4F
      TEL 03-3291-4339(13:00-20:00)

主催:アテネ・フランセ文化センター
特別協力:オーストリア映画博物館
協力:朝日新聞社、 コミュニティシネマセンター
上映スケジュール
7月24日(土)
15:50
キノプラウダ No.1-9
(93分)
18:00
世界の六分の一
(74分)


7月27日(火)
18:00
11年目
(53分)
19:30
カメラを持った男
(68分)


7月28日(水)
17:30
レーニンの三つの歌
(60分)
19:00
ストライキ
(80分)


7月29日(木)
17:30
アエリータ
(90分)
19:30
ボリシェヴィキの国におけるウエスト氏の異常な冒険
(60分)
7月30日(金)
17:30
幸福
(65分)
19:00
キノプラウダ No.1-9
(93分)


7月31日(土)
15:00
世界の六分の一
(74分)


16:50
11年目
(53分)
18:00
講演「ジガ・ヴェルトフとロシア・アヴァンギャルド映画」
講師:井上徹(映画史・ユーラシア文化研究者)

※講演は入場無料
8月3日(火)
17:20
ベッドとソファ
(71分)


19:00
ズヴェニゴーラ
(97分)
8月4日(水)
17:50
カメラを持った男
(68分)


19:30
レーニンの三つの歌
(60分)
8月5日(木)
17:10
ストライキ
(80分)


19:00
アエリータ
(90分)
8月6日(金)
17:30
ボリシェヴィキの国におけるウエスト氏の異常な冒険
(60分)
19:00
ベッドとソファ
(71分)
8月7日(土)
16:20
ズヴェニゴーラ
(97分)
18:30
幸福
(65分)
    
※全作品日本語字幕付き
※各回入替制
上映プログラム

Austrian Film Museum/ Vertov Collection
『キノプラウダ No. 1-9』
原題:Киноправда No.01-09
1922年/93分/35mm
監督/ジガ・ヴェルトフ 

「プラウダ」はソ連共産党が出していた新聞で、その映画(キノ)版として作られたニュース映画シリーズ。3年間で25本作られ〈映画眼〉の実践の場となった。コマ撮りアニメを含む多様な技法が取り入れられ、回を追うごとに実験性が増したため批判も受けたが、ヴェルトフは「芸術のバベルの塔を爆破する」のだと反論した。
Austrian Film Museum/ Vertov Collection
『世界の六分の一』
原題:Шестая часть мира
1926年/74分/35mm
監督/ジガ・ヴェルトフ
撮影/ミハイル・カウフマン 

ソ連は世界の陸地面積の6分の1を占めた。その各地へキャメラマンを派遣して、さまざまな土地での社会主義建設を撮影。裕福な人間と労働者の暮らしを対比的に示すほか、各地の特産物の生産、港からの輸出などが描かれる。国家輸出入事務所の発注による輸出促進の宣伝映画だが、ヴェルトフのソフキノ解雇の一因になったともいわれる。
Austrian Film Museum/ Vertov Collection
『11年目』
原題:Одиннадцатый
1928年/53分/35mm
監督/ジガ・ヴェルトフ
撮影/ミハイル・カウフマン 

1917年に始まったロシア革命から11年目。炭鉱や冶金工場、巨大発電所の建設現場などで働く労働者の姿を通じ、ウクライナにおける社会主義建設を描く。ウクライナの撮影所に移ったヴェルトフが、「脚本家の筆ではなく純粋な映画言語で書かれた映画」として作り上げたもので、字幕も『世界の六分の一』より極端に減っている。
『カメラを持った男』
原題:Человек с киноаппаратом
1929年/ 68分/35mm
監督/ジガ・ヴェルトフ
撮影/ミハイル・カウフマン 

人間は映画キャメラを持つことで、その能力を広げることができる。映画ならではのさまざまな手法を提示し、映画が生み出す多様な可能性を説明し尽くすことを目指したドキュメンタリー。観客にキャメラの存在を察知させない劇映画を批判してきたヴェルトフ=〈映画眼〉の集大成であり、監督の名を世界に知らしめた傑作。
『レーニンの三つの歌』
原題:Три песни о Ленине
1934年/60分/35mm
監督/ジガ・ヴェルトフ
撮影/ドミトリー・スレンスキー マルク・マギドソン ベンツィオン・モナスティルスキー

ロシア革命を指導したレーニンの没後10年記念作品。中央アジアの解放、レーニンの死を悼む人民、レーニンの事業を継ぐ人民をめぐる三つの歌を通じ、その「不滅の偉業」を称える。トーキー時代になってモスクワへ戻ったヴェルトフが作った映画だが、現代的価値観からは否定的なものが礼賛されている点に時の流れを感じる。
『ストライキ』
原題:Стачка
1924年/80分/35mm
監督/セルゲイ・エイゼンシュテイン
撮影/エドゥアルド・ティッセ ワシーリー・フワートフ
出演/アレクサンドル・アントーノフ ミハイル・ゴモロフ イワン・クリュークヴィン

20世紀初頭、帝政末期ロシアの製鉄工場で、資本家と衝突した労働者たちがストライキを起こす。しかし、ストライキが長引くなか、資本家たちの陰謀による挑発に乗せられ、警察と軍隊による弾圧を招いて虐殺される。監督はこの作品でモンタージュ論を実践し、見世物小屋的な雑多な要素で観客を作品に引き込み、衝撃を与える。
『アエリータ』
原題:Аэлита
1924年/90分/35mm
監督/ヤコフ・プロタザーノフ
撮影/ユーリー・ジェリャプジスキー エミール・シューネマン
出演/ユーリヤ・ソンツェワ ニコライ・ツェレテリ ニコライ・バターロフ

火星ロケットを設計する技師が、妻をピストルで撃ってしまい、ロケットで火星へ逃げる。そこでは火星の女王アエリータが大臣と権力闘争を繰り広げていた。ロケットで同行した赤軍兵士は、火星の奴隷たちを煽動し蜂起させる......。西側でドイツ表現主義映画などの影響を受けてソ連に戻った監督の帰国第1作で、ソ連初のSF映画。
『ボリシェヴィキの国におけるウエスト氏の異常な冒険』
原題:Необычайные приключения Мистера Веста в стране большевиков
1924年/60分/35mm
監督/レフ・クレショフ
撮影/アレクサンドル・レヴィツキー
出演/ポルフィーリー・ポドベド ボリス・バルネット フセヴォロド・プドフキン

米国のブルジョワ青年ウエスト氏が、カウボーイの用心棒を連れてボリシェヴィキの国・ソ連を訪問する。ウエスト氏は「赤い魔物の国」の噂どおりに、怪しい連中に出会って事件に巻き込まれるが......。世界初の国立映画学校でクレショフの元に集まった未来の映画人らが出演し、米国の冒険活劇映画をパロディーにした卒業制作。
『ベッドとソファ』
原題:Третья мещанская
1927年/71分/35mm
監督・脚本/アブラム・ローム
撮影/グリゴーリー・ギベル
出演/ニコライ・バターロフ リュドミーラ・セミョーノワ ウラジミール・フォーゲリ

モスクワで暮らす労働者とその妻の住まいに、夫の戦友がころがり込む。やがて夫がソファ、戦友がベッドで寝るようになるが、妻は自分だけが変わらないことに気づく......。女性の自立をめぐる問題提起の映画。ロームは、アヴァンギャルド演劇の旗手メイエルホリドの助手から映画界に転じた監督で、心理表現に新境地を開いた。
『ズヴェニゴーラ』
原題:Звенигора
1928年/97分/35mm
監督/アレクサンドル・ドヴジェンコ
撮影/ボリス・ザヴェリョフ
出演/ニコライ・ナデムスキー セミョーン・スワシェンコ レシ・ポドロジュヌイ

宝が隠された山ズヴェニゴラの伝説を伝える老人と、革命派と反革命派に分かれた二人の息子をめぐる物語。ウクライナ千年の歴史を縦断し、おとぎ話から抒情詩、叙事詩、歴史、記録、諷刺まで幅広いジャンル、スタイルを横断する実験的作品。監督はウクライナのアヴァンギャルド運動の中心で活動し、独自の世界を築き上げた。
『幸福』
原題:Счастье
1934年/65分/35mm
監督・脚本/アレクサンドル・メドヴェトキン
撮影/グレープ・トロヤンスキー
出演/エレーナ・エゴロワ ピョートル・ジノヴィエフ

貧農フムィリの「幸福」の探求を通じて、農村における新旧勢力の対立を描いた寓話的コメディ。煽動宣伝映画の枠に収まらない綺想にあふれ、「最後のボリシェヴィキ」・メドヴェトキンの代表作となった。監督は1930年代初め、煽動列車をヒントに現像・編集・上映・電源設備などを備えた「映画列車」を組織したりもした。


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