ボリス・バルネット傑作選



日本では戦前の1934年に『国境の町』が上映されて以来、長きに渡ってその存在が忘れ去られていた、あるいは、意図的に放置されてきたとされるソ連の名匠ボリス・バルネットは、世界的には1950年代にアンリ・ラングロワのシネマテーク・フランセーズが中心になり、ゴダールとリヴェットらカイエ一派がバルネット再評価の機運を高めたが、ボリス・バルネット本人は、1965年に自ら命を絶ってしまう。蓮實重彦はバルネットが死の直前に作った作品『休暇』を評して、「これが映画だと何の根拠もなく断言することの喜びにあふれた作品であって、こうしたおおらかな肯定的精神の持ち主がどうしてみずからの命を絶たねばならなかったのかと心から残念に思われ」ると記している。その後、1975年にはニューヨークで回顧展が行われ、1985年のロカルノ国際映画祭では「最も完璧に近いかたちでの特集上映」が組まれたという。 

そのロカルノ国際映画祭に、自らの新雑誌「リュミエール」創刊を目前に控えた多忙な時節ながらも、「世界初のバルネット本格特集上映に通うのは編集責任者のつとめでさえある」と呟きながら、ロカルノまで足を運んだ蓮實重彦は、『斥候の武勲』(47)(後に日本では『諜報員』として上映)を「ラングの『死刑執行人もまた死す』にも比較して勝るともおとらない対独スパイ映画の傑作」と称し、『騎手物語』(40)は「フォードの『香も高きケンタッキー』のソ連版リメイクというべき感動的な競馬映画」と評した。そして、「毎朝、時間通りにかけつけていた梅本洋一氏らと努力を重ね」「ボリス・バルネットを近い将来に何とか日本に紹介したい」と記し「1985年にボリス・バルネットを発見することの恥しさと喜びについて」という熱を帯びたバルネット賛を締めくくっている。 

その8年後の1993年、日本における始めての特集上映として「ボリス・バルネット映画祭」が実現し、『国境の町』、『青い青い海』、『諜報員』(『斥候の武勲』)3作品が上映される。さらにその2年後の1995年、「映画生誕100年歳」の関連企画として開催された「映画の貴公子ボリス・バルネット」では、バルネット単独名義の監督処女作『帽子箱を持った少女』、『騎手物語』、『レスラーと道化師』が上映され、2002年アテネ・フランセ文化センターで行なわれた「ボリス・バルネット生誕100年祭」では 11作品が一挙上映された。そして、10年後の今、『帽子箱を持った少女』、『国境の町』、『青い青い海』、『騎手物語』、『レスラーと道化師』の5作品が、再びスクリーンに甦ろうとしている。 

※「」内の引用は、全て「1985年にボリス・バルネットを発見することの恥しさと喜びについて」(蓮實重彦「映画狂人万事快調」)から。 
(上原輝樹)
2011.12.28 update
2012年1月21日(土)よりユーロスペースにてレイトショー
会場・お問合せ:ユーロスペース
料金:一般1,700円/大学・専門学校生1,400円/会員・シニア1,200円/高校生800円/中学生以下500円
上映スケジュール
1月21日(土)
21:10
帽子箱を持った少女
山崎バニラ活弁付
(68分)
1月22日(日)~23日(月)
21:10
帽子箱を持った少女
(68分)

1月24日(火)~26日(木)
21:10
国境の町
(96分)

1月27日(金)~31日(火)
21:10
青い青い海
(71分) 

2月1日(水)~4日(土)
21:10
騎手物語
(96分)

2月5日(日)~8日(水)
21:10
レスラーと道化師
(100分)

2月9日(木)
21:10
帽子箱を持った少女
柳下美恵ピアノ生伴奏付
(68分)
2月10日(金)
21:10
帽子箱を持った少女
(68分) 

上映プログラム


『帽子箱を持った少女』
1927年/68分/サイレント/白黒
監督:ボリス・バルネット
脚本:ワレンチン・トゥルキン、ワジム・シェルシェネヴィチ
撮影:ボリス・フランツィソン、ボリス・フィリシン
出演:アンナ・ステン、イワン・コワリ=サムボルスキー、ウラジーミル・フォーゲリ、セラフィーマ・ビルマン 

帽子作りのナターシャは、貧しい学生イリヤと知り合い、モスクワで住む部屋を確保するため偽装結婚する。ある日、代金のかわりに渡された宝くじが当たったことで、さあ大変!渡した男がくじを奪回しようと血眼になり、イリヤとの恋の行方もからんで、ナターシャをめぐる大騒動が巻き起こる。サイレントならではの軽やかでコミカルな動きが画面いっぱいに広がる初期バルネットのキュートなコメディ。
『国境の町』
1933年/96分/トーキー/白黒
監督:ボリス・バルネット
原作:コンスタンティン・フィン 
脚本:コンスタンティン・フィン、ボリス・バルネット
撮影:ミハイル・キリロフ、A・スピリドノフ
音楽:セルゲイ・ワシレンコ
出演:エレーナ・クジミナ、セルゲイ・コマーロフ、ハンス・クレーリング、アレクサンドル・チスチャコフ 

帝政ロシアの片田舎。静かなドイツとの国境の町に、第一次世界大戦、そしてロシア革命の波が押し寄せる。資本家は、軍靴の製造でひともうけしようとし、若者は前線におくられる。ドイツ軍の捕虜とロシア人の靴屋の娘の許されざる愛を通して戦争の無意味さを静かに訴えるバルネットの代表作。
『青い青い海』
1935年/71分/トーキー/白黒
監督:ボリス・バルネット
脚本:クリメンティ・ミンツ
撮影:ミハイル・キリロフ
音楽:S・ポトツキー
出演:ニコライ・クリューチコフ、レフ・スヴェルドリン、エレーナ・クジミナ 

カスピ海で嵐にあって難破した船の乗組員、アリョーシャとユスフは、ある海辺の村で機関士として働くことに。やがて二人は、コルホーズの美しい娘に一目惚れしてしまい、ライバルに......。美しくダイナミックな海の表情を背景に、若者たちの愛と友情物語を歌と踊りにのせて描くロマンティックなミュージカルコメディ。
『騎手物語』
1940年/96分/トーキー/白黒
監督:ボリス・バルネット
脚本:ニコライ・エルドマン、ミハイル・ヴォリピン
撮影:コンスタンチン・クズネツォフ
音楽:ウラジーミル・ユロフスキー
出演:イワン・スクラートフ、アンナ・コモロワ、アレクサンドラ・サリニコワ、アレクサンドラ・デニソワ 

引退を決意したベテランの競馬騎手トロフィーモフは、孫娘マリヤの励ましで競走馬の調教に専念することに。しかし一年後、村のコルホーズ(集団農場)で偶然足の速い馬を見つけ、この馬を調教し再びライバルのパーヴェルに挑戦しようと決意。こうして運命のレースが始まる。日本では姿を消したスピードあふれる繋駕(けいが)レースを撮影したダイナミックなカメラワークが必見。
『レスラーと道化師』
1957年/100分/トーキー/カラー
監督:ボリス・バルネット、コンスタンチン・ユージン
脚本:ニコライ・ポゴージン
撮影:セルゲイ・ポルヤノフ
音楽:ユーリー・ビリューコフ
出演:スタニスラフ・チェカン、アレクサンドル・ミハイロフ、イヤ・アレーピナ 

実在したロシアサーカス界のスター、レスラーのポドゥヴヌイと道化師のドゥーロフをモデルにした作品。レスリングがサーカスの見世物の一部だった時代、力自慢のレスラーと、体制批判の毒舌が売り物の道化師が、オデッサのサーカスで出会う。自分の信念に忠実に生きるふたりは、出会いと別れを繰り返しながら、栄光の道を目指す。華やかなサーカスの舞台裏で繰り広げられる、愛、家族、友情を描いたヒューマンドラマ。
ボリス・バルネット
エイゼンシュテインの同時代人で、ほぼ同時期に映画界に入る。美術学校に通いながら、実験演劇スタジオの小道具係として働いていたときロシア革命が始まり、赤軍に志願する。内戦終了後、プロボクサーとして活躍しているところをクレショフ監督に誘われて映画界に入る。「ミス・メンド」(1926)で監督デビューして以来、晩年にいたるまで、さまざまなジャンルで痛快な娯楽作品を発表したが、1965年に自殺。その後、欧米を中心に再評価が進んだ。


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