アジア映画の森



デジタルの出現によって映画の多様化が進む現代において、どの特定の分野であろうと、その全貌を掴むのはほぼ不可能となりつつある。そうして全てが液状化しカオスのようにしか見えない現状に対して、"アジア映画"という仮の枠組みを設定して、世界の映画のあまりの野放図さに途方に暮れかけている観客に対して手を差し伸べてくれる特集上映がある。毎日開かれるトークショーは、この特集上映の観客に向けて開かれた姿勢の一端を示しているかもしれない。先だって発売された「アジア映画の森ー新世紀の映画地図」を片手に通い詰めたい特集上映だ。
(上原輝樹)
2012.9.24 update
「アジア映画の森ー新世紀の映画地図」は、東は韓国から西はトルコまでを網羅したガイドブックである。各国の通史+2000年代の作家論という歴史の流れを縦軸とすると、それぞれの地域性を際立たせながら、地域を跨るコラムによる地誌学的なアプローチが横軸となっている。筋金入りのアジア映画ファンでも、アジア映画の全体像を掴むのはなかなか難しいとの認識から、作った本である。本書を通読すれば、朧げながら全体像が掴めるようになっている。
とはいえ、実際には、映画を観てみないことには何も始まらない。今回は本で扱いがある重要作やレアな名作を上映し、執筆者を中心に解説、トークセッションしていただく場を設けた。本でも試みたことだが、できる限り多様な国の、多彩なジャンルの映画を、できる限り多角的な立場から分析すること。そうしてはじめて、アジアの森は私たちを受け入れてくれるはずだ。
夏目深雪(批評家・編集者)

アジア映画の森 新世紀の映画地図
石坂健治、市山尚三、野崎歓、松岡環、門間貴志 [監修]
夏目深雪、佐野亨 [編集]
グローバル化とクロスメディアの波のなかで、進化しつづけるアジア映画。東は韓国から西はトルコまで――。鬱蒼たる「映画の森」に分け入るための決定版ガイドブック。アートからエンタテインメントまで国別の概論・作家論とコラムで重要トピックを網羅!
作品社 定価:本体2,800円 [税別]
※当日、会場でも販売あり
2012年10月2日(火)〜10月13日(土)(日曜・月曜休館/10日間)
会場:アテネ・フランセ文化センター 
料金:一般 1回券1,200円/2回券2,000円
アテネ・フランセ文化センター会員=1回券1,000円/2回券1,800円

公式サイト:http://www.athenee.net/culturalcenter/program/as/mori.html
上映スケジュール
10月2日(火)
16:20
亀も空を飛ぶ
(97分)




18:00
トーク(入場無料):
ショーレ・ゴルパリアン(翻訳家)×土肥悦子(映画館「シネモンド」代表)



19:10
ブラックボード
ー背負う人ー

(85分)
10月3日(水)
17:10
花物語バビロン
(45分)
トーク:
石坂健治(映画研究者)×空族(富田克也+相澤虎之助)
19:10
恐怖分子
(109分)






10月4日(木)
16:10
下女
(108分)




18:00
トーク(入場無料):
石坂健治(映画研究者)×岡本敦史(ライター)




19:10
玄海灘は知っている
(117分)

10月5日(金)
16:10
悪夢の香り
(95分)




18:00
トーク(入場無料):
石坂健治(映画研究者)×金子遊(映像作家・批評家)




19:10
クリスマス・イブ
(87分)

10月6日(土)
15:20
アピチャッポン・ウィーラセタクン
短編集

(計74分)


17:00
ワールドリー・デザイアーズ
(40分)
トーク:
金子遊(映像作家・批評家)×諏訪敦彦(映画作家)×夏目深雪(批評家・編集者)
10月9日(火)
16:20
私のマーロンとブランド
(93分)




18:00
トーク(入場無料):
野中恵子(トルコ評論家)×夏目深雪(批評家・編集者)
19:10
我が子、ジャン
(106分)

10月10日(水)
16:00
エグザイル/絆
(109分)





18:00
トーク(入場無料):
宇田川幸洋(映画評論家)×野崎歓(フランス文学者)
19:10
ビースト・ストーカー/証人
(109分)
10月11日(木)
16:10
イスラエル映画史
(第1部)

(103分)




18:00
トーク(入場無料):市山尚三(映画プロデューサー)

19:10
イスラエル映画史
(第2部)

(104分)
10月12日(金)
15:50
占い師
(129分)





18:00
トーク(入場無料):
市山尚三(映画プロデューサー)×萩野亮(映画批評家)
19:10
ピアシングI
(74分)

10月13日(土)
15:00
オーム・シャンティ・オーム
(162分)
トーク:
松岡環(インド映画字幕翻訳者)×野崎歓(フランス文学者)
上映プログラム

変容するイラン映画
長らくイラン映画の制作コーディネーター、通訳等を通してイラン映画の紹介に務めてきたショーレ・ゴルパリアンさん。キアロスタミ監督作品を日本に紹介し、'96・イラン映画祭を開催した、現シネモンド代表である土肥悦子さん。監督たちとも親交の深いお二人を迎え、政治的な困難のなかでも映画としての煌めきを失わず、最近ではキアロスタミ監督、ナデリ監督など日本との繋がりを深めているイラン映画の10年を検証する。(「アジア映画の森」関連頁p260-277)

© mij film
『亀も空を飛ぶ』
2004年/97分
監督:バフマン・ゴバティ 

米軍によるイラク侵攻前夜のイラク・クルディスタン地方に生きる子供たちをパワフルに描いた傑作。映画における魔術的リアリズムとも言うべき鮮烈な映像が見る者の心を撃つ。サン・セバスチャン映画祭グランプリを始め、数々の国際映画祭で高い評価を受けた。
『ブラックボード--背負う人--』
2000年/85分
監督:サミラ・マフマルバフ 

マフマルバフ・ファミリーの長女サミラが弱冠20歳で監督し、カンヌ映画祭審査員賞を受賞した作品。イランのクルディスタン地方を舞台に、戦争で学校を失い、黒板を背負って旅する教師たちが遭遇する出来事を描く。ゴバディが子供たちを引率する教師として出演。
エドワード・ヤンそして東南アジアへ
本書監修者でもあり東南アジア映画研究・紹介の第一人者である石坂健治氏。『サウダーヂ』、『バビロン』シリーズ、『RAP IN TONDO』など、東南アジアへの越境を映画にしている映画集団、空族。両者がともに大きな関心を寄せるエドワード・ヤンと東南アジアをあいだに置くことで、見えてくるものとは。トークでは空族最新作情報も!(「アジア映画の森」関連頁p90-92)

『花物語バビロン』
1997年/45分 ※デジタル上映
監督:相澤虎之助 

バビロンの花は阿片の花。1人のバックパッカーの若者が、ある夜見た夢に導かれて歴史の闇に葬り去られようとしている東南アジアの少数民族、モン族の村へと向かう。東南アジア近現代史を総括する相澤虎之助のライフワークである、3部作「バビロンシリーズ」の第一弾。
『恐怖分子』
1986年/109分
監督:エドワード・ヤン 

ロカルノ国際映画祭銀豹賞などを受賞し"台湾ニューウェーヴ"の頂点に立った、ヤンの出世作。台北を舞台に、偶然に交錯し合う3組の男女の姿を描く。早朝の銃声。カメラマン志望の男が逃走する少女を撮影。大都市の見知らぬ男女が希薄な関係をたどってつながっていく。
怪物的映画作家キム・ギヨン
韓国映画史上の怪物的監督として世界的な再評価が加速するキム・ギヨン。マーティン・スコセッシが尽力したカンヌ2008での復元上映が大きな話題となった『下女』。日本軍に徴用された朝鮮人兵士の過酷な運命を描き、青山真治、高橋洋、篠崎誠ら日本の映画人も激賞する『玄海灘は知っている』。コメンテーターはキム・ギヨンの発掘者でもある石坂健治氏とキム・ギヨン フリークのライター岡本敦史氏。(「アジア映画の森」関連頁p140,141)

『下女』
1960年/108分 ※デジタル上映
監督:キム・ギヨン 

韓国映画史を代表し、キム・ギヨンの最高傑作と称される作品。音楽家の平和な家庭が1人のメイドによって崩壊していく......。子役時代のアン・ソンギも出演。2008年のカンヌ映画祭で復刻上映され観客を熱狂の渦に巻き込んだ。2010年にはイム・サンス監督のリメイク作(邦題『ハウスメイド』)も登場した。
『玄海灘は知っている』
1961年/117分 ※デジタル上映
監督:キム・ギヨン 

『下女』と並ぶキム・ギヨンの傑作。太平洋戦争末期、日本軍に徴用された朝鮮人兵士ア・ロウンが名古屋の駐屯地で体験する凄まじい差別と戦争の不条理。ラストの大空襲のシーンは語り草になっている。(画像・音声の欠落部分が数か所ありますが、当該箇所には字幕画面で説明が添えられています。)
フィリピン・インディーズ
現在のフィリピン映画はインディーズの一大祭典であるシネマラヤ映画祭を中心に大きな盛り上がりを見せている。とはいえ、キドラット・タヒミックは30年以上前に、インディーズ映画であり個人映画でもある『悪夢の香り』を発表したのだ。石坂健治氏と映像作家、批評家でもある金子遊氏が、フィリピン・インディーズの流れを検証する。(「アジア映画の森」関連頁p170,230,231)

『悪夢の香り』
1977年/95分
監督:キドラット・タヒミック 

「宇宙飛行士を夢見るフィリピン人青年がパリへ移住するが、待っていたのはチューインガム工場の労働だった...。半自伝的な物語で、作家自身が主演し一人称で語るコメンタリーは植民地主義への批判がユーモラスな形で込められていた。」(「アジア映画の森」p231)
『クリスマス・イブ』
2011年/87分
監督:ジェフリー・ジェトゥリアン 

聖夜、アギナルド一家の留守宅が空き巣に荒らされる。盗まれた物から各人の抱える秘密があらわになっていく......。『もう一度』(04)『クブラドール』(06)の名匠ジェトゥリアンが描く緻密な室内劇。シネマラヤ映画祭グランプリ、東京国際映画祭2011最優秀アジア映画賞を受賞。
アピチャッポンの森から映画の未来へ
アピチャッポン・ウィーラセタクンは、本書では実験映画やアート作品の作家という側面から金子遊氏、「森」をファクターにその映画の特異性に斬り込んだ論考を諏訪敦彦氏に執筆いただいた。今回は初期の実験映画やビデオアートなど、アピチャッポンの別の側面が感じられるようプログラミングした。ともに映画作家であり旺盛な批評活動も行う両氏が見出す「未来形の映画」とは。「アジア映画の森」編集者の夏目深雪さんがナビゲーターとなって探る。 トークでは諏訪監督作品のサプライズ上映も。(「アジア映画の森」関連頁p177-183)

『アピチャッポン・ウィーラセタクン短編集』
「弾丸」1993年/5分
「ダイヤル0116643225059をまわせ!」1994年/5分
「窓」1999年/12分
「この光、より多くの光」2003年/1分
「ハタナカ・マサトと撮るノキア」2003年/2分
「ヴァンパイア」2008年/19分
「木を丸ごと飲み込んだ男」2010年/10分
「ASHES」2012年/20分
監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン 

「彼の短編やビデオアート作品は、実験映像の特色である既存の映画文法への挑戦と、新しい映画言語を模索する態度に貫かれている」(「アジア映画の森」p178)。シカゴ留学中に制作した処女作からビデオアートまで。作家自身が当企画のためにコーディネイトした短編集。
『ワールドリー・デザイアーズ』
2005年/40分
監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン 

「物語や登場人物への興味の代わりに、カメラのゆっくりした動きや、昼夜のジャングルに人間が立ち入るときの音響的なざわめきが、鑑賞者のまわりを取り巻く環境として提示されている」 (「アジア映画の森」p178)。チョンジュ国際映画祭のコミッションで制作された中編映画。(日本語字幕なし、英語字幕付き)
躍進のトルコ映画―新しいダイナミズム
近年、ベテランだけでなく新人もが次々と世界の主要な映画祭でも注目を集めているトルコ映画。クルド問題をめぐる数々の作品も内外で大きな反響を呼んでいる。今回は、恋人に逢いにイスタンブールから北イラクをめざす女性の旅路を描いた『私のマーロンとブランド』と、発展をつづけるトルコ社会の影の部分に生きる人々の苦悩に迫った『我が子、ジャン』を上映。トルコ評論家の野中恵子さんをゲストに迎え、本書編集者夏目深雪さんが聞き手となってトルコ映画の魅力の源泉を探る。(「アジア映画の森」関連頁p306-308)

『私のマーロンとブランド』
2008年/93分
監督:フセイン・カラベイ 

イスタンブールの女性が北部イラクの恋人とビデオレターで愛を育むが、戦火で連絡が途絶え、思い余った彼女は国境をめざす。トルコ、イラク、イラン、クルディスタンをめぐる道程でのさまざまな出会いと困難......。ユーモアと緊迫が交差する実話ストーリー。東京国際映画祭2008最優秀アジア映画賞受賞作。
『我が子、ジャン』
2011年/106分
監督:ラシト・チェリケゼル 

男たるもの父でなければ―。因習に呑まれ、闇のルートで養子を取った夫が姿を消し妻の悲劇は始まる。過酷な現実社会で二人が行きついた先は。そして「我が子」とは。長編デビュー作が世界各国の映画祭で8つの賞を受賞したラシト・チェリケゼル監督による長編二作目。
香港ノワールの魅力
80年代、ジョン・ウーの『男たちの挽歌』が口火を切った香港ノワールは、その後さまざまな才能を生み出し、香港映画の潮流を大きく変えた。2000年代以降、次々と傑作を放ち、世界が注目する映画作家となったジョニー・トー、ハードなアクション演出に定評のあるダンテ・ラム。いま最も脂の乗っている鬼才二人の作品を上映し、香港ノワール躍進の歴史を追い続けていた宇田川幸洋氏と野崎歓氏にその魅力を存分に語っていただく。(「アジア映画の森」関連頁p98,99-102,118)

© 2006 Media Asia Films (BVI) Ltd. All Rights Reserved.
『エグザイル/絆』
2006年/109分 ※デジタル上映
監督:ジョニー・トー 

『ザ・ミッション/非情の掟』の俳優陣が再集結したハードボイルド・アクション。返還直前のマカオを舞台に、再会を果たしたマフィアの仲間たちの姿をスタイリッシュに描く。トー映画の真骨頂である壮絶な銃撃戦と男同士の絆のドラマに胸が熱くなる。
© 2008 Emperor Classic Films Company Limited All Rights Reserved.
『ビースト・ストーカー/証人』
2008年/109分
監督:ダンテ・ラム 

日本では『密告・者』でブレイクしたダンテ・ラム監督による犯罪ドラマ。ある事件で少女を死なせてしまった過去をもつ刑事と少女の母親、そして彼女のもう一人の娘を誘拐した犯人の関係をめぐる因縁の物語。ニコラス・ツェーのハードな演技が光る。
イスラエル映画史を紐解く
「トラウマ社会であるイスラエルの映画は、夢想主義である」そんなフレーズが、いくつかの重要作品とともに重層的にこだまする。まだまだ知られざるイスラエル映画の骨幹でもあるイスラエル映画史を、本書でもイスラエルの監修を務めた市山尚三氏とともに探る。(「アジア映画の森」関連頁p280,281,293)

『イスラエル映画史 第1部+第2部』
2009年/第1部103分+第2部104分
監督:ラファエル・ナジャリ 

ユダヤ教正統派の家族における父親の失踪を描いた傑作『テヒリーム』で2007年東京フィルメックス最優秀作品賞を受賞したラファエル・ナジャリによるドキュメンタリー。シオニズム運動、パレスチナ問題、周辺諸国との絶え間ない紛争、等々、常に政治的・社会的問題の影響にさらされてきたイスラエル映画の変遷を膨大な資料映像と数々の映画関係者へのインタビューを駆使し、独自の視点から描く。第1部では1933年から1978年まで、第2部では1978年から2005年に至る時代が扱われている。
中国インディペンデント映画の現在
ますます隆盛を極める中国インディペンデント映画の話題作、二作を上映する。コメンテーターはジャ・ジャンクー作品等のプロデューサーであり東京フィルメックスにて積極的に中国インディペンデントを紹介している市山尚三氏と、ドキュメンタリーに関して健筆を奮う映画批評家の萩野亮氏。映画が映し出す、中国の現状とは。(「アジア映画の森」関連頁p56-58)) 協力:中国インディペンデント映画祭

『占い師』
2009年/129分
監督:徐童(シュー・トン) 

主に場末の娼婦たちを相手に占い師として生計をたてている障害者の夫婦とその周辺の人々に密着したドキュメンタリー。急成長を続ける中国経済とは裏腹に、社会の底辺に生きる人々の逞しさがユーモアを交えて生き生きと描写される。シュー・トンの監督第2作。
『ピアシングI』
2009年/74分
監督:劉健(リュウ・ジェン) 

交通事故に遇った老婆を病院に連れていった男が事故の犯人に疑われて警察に拘束されるという中国で実際に起こった事件を映画化。中国インディペンデント映画界から生みだされた初の長編アニメーション映画として数々の国際映画祭で高い評価を受けた話題の作品。
ボリウッド映画の魅力
『ムトゥ 踊るマハラジャ』の大ブーム以来日本ではなりを潜めていたインド映画だが、本国インドでは沸々と傑作が煮えたぎり、まさに爆発寸前である。インド映画の第一人者である松岡環さんと、仏文学者でインド映画ファンでもある野崎歓氏が、「本当に素晴らしい」と称える傑作、『オーム・シャンティ・オーム』を肴にボリウッド映画を語り尽くす。(「アジア映画の森」関連頁p35,235,236)

『オーム・シャンティ・オーム』
2007年/162分 ※デジタル上映
監督:ファラー・カーン 

大部屋俳優オームは、密かに恋する人気女優シャンティを助けようとして彼女と共に命を落とす。同じ時に赤ん坊オームが誕生、30年後 スターとなった彼は前世の記憶を取り戻すが......。絢爛豪華な歌と踊りに乗せて贈る、恋と因縁と復讐の物語。インドでは2007年の興行収入第一位を記録。


アジア映画の森について、皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。
なお、ご投稿頂いたものを掲載するか否かの判断については、
OUTSIDE IN TOKYO 編集部の判断に一任頂きますので、ご了承ください。





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