OUTSIDE IN TOKYO
Jacques Doillon INTERVIEW

セザンヌが森の中で暴力的なまでの愛の争いを繰り広げる男女の情景を描いた絵画、「La lutte d’amour(愛の闘い)」に着想を得て、ジャック・ドワイヨン監督が撮り上げた傑作『ラブバトル』が、配給を手掛けた会社が途中で潰えるなどの紆余曲折を経た挙げ句、ついに日本でも公開される。

ドビュッシーのピアノ組曲「子供の領分」の中の、軽妙な最終曲「ゴリウォーグのケークウォーク」を伴って、緑豊かな畦道を歩く女(サラ・フォレスティエ)は、一見のどかに見えるこの田園地帯に、不穏な緊張をもたらす闖入者として登場する。かつて彼女と関係を持ちかけたが、今は蔵書に囲まれた端正な一軒家に住まう男(ジェームス・ティエレ)も、彼女の帰還を歓迎しているようには見えない。祖父の葬儀のために久しぶりにこの地に舞い戻った女は、家族や周囲のものたちとの間で常に不和をもたらす、ちょっとした諍い女だ。久方ぶりに実家を訪ねた彼女は、かつて彼女に優しかった祖父の愛用品であるピアノを欲しい、と姉に訴えるが、兄の子供が使うからと要求を拒否されてしまう。苛立つ彼女は、男が住む隣家を訪れ、理不尽な怒りを彼にぶつける。幾年もの時間を飛び越えて、舞い戻ってきた、男への女の苛立ちは、やがて、肉体的な衝動を伴った挑発へと発展していく。いつしか、男と女は、互いの肉体をぶつけあう、激しい”愛の争い”の戯れへと没入してゆく。もちろん、ジャック・ドワイヨンは、男と女が織りなす官能と暴力の”ラブバトル”のセッションの合間や背景に、田園地帯の魅惑的な家屋の豊かなディテイルや原初の息吹を感じさせる森の風景をも確実に捉え、セザンヌ的な野趣溢れる情感を画面に行き渡らせることにも抜かりはない。

アブデラティフ・ケシシュ『身をかわして』(03)やカテル・キレヴェレ『スザンヌ』(13)で、しなやかな肢体に躍動感を漲らせ見るものを魅了してきたサラ・フォレスティエと、あのチャーリー・チャップリンの実孫であるという、舞台演出家でもある俳優カテル・キレヴェレという、最高のキャスティングを得て、男と女が原初の欲望をぶつけあう姿を”音楽的”に追求した傑作『ラブバトル』と共に、より正確に言えば、その前作『アナタの子供』(12)のフランス映画祭2013での上映に合わせて来日を遂げた、ジャック・ドワイヨン監督のインタヴューをここに掲載する。”音楽的”とはどういうことか、執拗なまでの演出を経て初めて至る、俳優と監督が共に到達する演出的境地、何かを作り出す、表現することに於いて、極めて多くの示唆に富む名匠の言葉に、是非耳を傾けてほしい。

1. 『ポネット』はまず日本で大ヒットしました。
 そのお陰で『ポネット』という映画が存在することが出来たのです

1  |  2  |  3  |  4

OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):監督は自分の作品について語るのは好きですか、嫌いですか?
ジャック・ドワイヨン:私が自分の作品について語るのが好きかどうかは、それがどの作品かにもよるし、どこに行ってどういう気分なのかにもよります。理想的に言えば全く自作について話さないですむことが理想です。何故ならば映画だけで十分であって、映画が全てを語ってくれることが本当だからです。ソフォクレスが自分のお墓から出てきて、自分の書いた悲劇やアンティゴネをどこが素晴らしいのか解釈するとかいうことはあり得ないでしょう。自分の死後も自分の作品は存続を続けてほしいと思いますし、自分という作品が埋葬されるようであってはいけない。ただし他の国で自分の作品について語るよりは日本で話す方が好きです。何故ならば、15年ないし20年の間、私の大半の映画を日本では公開してくれていますし、何度かレトロスペクティブも行ってくれています。『ポネット』(96)はまず日本で大ヒットしました。そのお陰で『ポネット』という映画が存在することが出来たようなものです。日本で成功をおさめたから、私の作品を信じない製作者達が『ポネット』に関心を持ち、アメリカでこの小さい作品を買ってくれる人が出て、その後、ヨーロッパの国が『ポネット』を配給してくれたのです。ですから日本に関しては思うことが多い。また、ヨーロッパでは絶対そんなことがないのに、日本に来る度に映画の学校でマスタークラスをさせてもらっています。これは私に対する尊敬の念、承認が他の国よりも大きいということではないでしょうか。ジェラール・ドパルデューが、税金逃れでロシアのパスポートを獲得したという話がありましたけど、私はロシアではなく日本のパスポートが貰いたいです(笑)。

OIT:監督は日本に住めそうですか?
ジャック・ドワイヨン:日本語がまず出来ないといけないですね。この歳になって新しい言語を覚えられるかどうか。でも毎日、日本語のレッスンをしてもらえば買い物が出来るくらいはなるかもしれない。でも日本に望むことは、日本で日本人の俳優を使って撮影をしてみたいということです。今までにそういう話がありましたけど、実現したことはありませんでした。私は実に音楽的に映像を作っている人間ですから、言語が完璧に分かる必要はありません。ドイツ語が出来ないのにドイツ人の俳優を使って、またアラビア語が出来ないのにモロッコ人の俳優を使って既に映画を作っています。ですから、脚本全体の内容を完全に訳してくれたものが目の前にあって、そこで言われている内容が分かっていれば、耳でそのシーンがいいかどうか分かりますから、日本語で撮影することは全く問題がないと自分では思っています。最終的には、日本語で作品を作る映画作家になって自分の人生が終わるかもしれないという希望は捨てていません。

『ラブバトル』
原題:Mes seances de lutte

4/4(土)より、ユーロスペースほか全国順次ロードショー

監督・脚本:ジャック・ドワイヨン
プロデューサー:ダニエル・マルケ
出演:サラ・フォレスティエ、ジェームズ・シエリー

2013年/フランス/99分/カラー/ビスタサイズ/5.1ch
配給:アールツーエンターテインメント

『ラブバトル』
オフィシャルサイト
http://lovebattles.net
1  |  2  |  3  |  4    次ページ→