OUTSIDE IN TOKYO
ITAI TAMIR Interview

ベルリンで評判のカフェを営むケーキ職人トーマス(ティム・カルクオフ)は、ある日、仕事でベルリンに来ると必ずトーマスの店を訪れる客オーレン(ロイ・ミラー)と運命的な出会いを果たし、ふたりは親密な時間を過ごすようになるが、幸せな時間は長くは続かなかった。オーレンが事故で亡くなってしまい、失意のトーマスは、オーレンが彼の家に忘れた”鍵”を然るべき手に届けるために奔走する内に、エルサレムに残されたオーレンの妻アナト(サラ・アドラー)と子イタイ(タミル・ベン・イフェダ)の存在に行き着く。

映画は、主人公のケーキ職人トーマスと、エルサレムに残された妻子の”それから”を描きながら、イスラエル社会に存在するユダヤ教の戒律の非合理性を”映画”の大義の下に浮き彫りにしていくが、そのことが声高に主張されることはない。イスラエルの新鋭オフィル・ラウル・グレイツァ監督は、例えば、トーマスが子どもにケーキ作りを教えるシーンのフレーミングの的確さによって生じる繊細な感情の交わりや、トーマスと残された妻アナトとの間に生起する、複雑な切なさを湛えた感情の表出によって、言葉にした瞬間に嘘くさく響くほど繊細な、映画でしか表現し得ない複雑な感情を表現することに成功している。

東京国際映画祭のワールド・フォーカス部門で『彼が愛したケーキ職人』が上映されるにあたって来日を果たした本作のプロデューサー、イタイ・タミール氏のインタヴューを掲載する。尚、タミール氏は、同部門で上映された『赤い子牛』のプロデューサーでもある。『赤い子牛』は、東エルサレムというユダヤ人が少数派である地を舞台に、女性監督ツィビア・バルカイ・ヤコブの実体験を基に描かれた、一見の価値のある完全にリベラルなイスラエル映画である。

1. 日本の配給会社は、カンヌでのシークレット上映を観て、
 カルロヴィ・ヴァリ映画祭の受賞前にこの映画を購入することを決めてくれていたのです

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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):『彼が愛したケーキ職人』を拝見しました。とても繊細で切なくて、見る者の感情に訴えるところがある作品ですね。オフィル・ラウル・ゲレイツァ監督が俳優たちの繊細な演技をとても上手く引き出しているように思いました。最初にちょっとお聞きしたいのですが、折しも東京国際映画祭が開催中ですが、この作品はカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭という東欧で一番大きな映画祭で上映されて審査員賞を受賞したのですね。映画祭でそのような評価を得たことで、具体的にどのような利点があったのか、教えていただけますか?
イタイ・タミール:カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭でエキュメニカル審査員賞を受賞して、批評家の評価が上がりました、それが最も良かったことです。カルロヴィ・ヴァリの一週間後にエルサレムで映画祭がありましたが、そこでも二つの賞を受賞することができました。カルロヴィ・ヴァリで受賞できたことで本当に批評家の評価が上がって、いつもは手厳しい批評家が私のところにやって来てハグをしてくれて(笑)、とても良い記事を書いてくれたのです。その記事がイスラエルでのヒットに繋がったと思っています。ただ今だから話せることですが、本当は映画祭の前に観せてはいけないので、これはもう極秘の試写だったのですが、日本の配給会社は、カンヌでのシークレット上映を観て、カルロヴィ・ヴァリ映画祭の受賞前にこの映画を購入することを決めてくれていたのです。カルロヴィ・ヴァリのプレミア上映ではスタンディングオベーションが15分間も続いて、そんなことは史上初めてのことだったらしく、本当に観客のみなさんがこの映画を気に入ってくださったのだと思い、私も大いに感動しました。

OIT:『彼が愛したケーキ職人』について具体的にお聞きしたいのですが、プロデューサーとして、作品にはどこまで関わられたのでしょう?脚本や制作にも関わられたのでしょうか?
イタイ・タミール:脚本も色々なバージョンがあって、最初の脚本からどんどん削ってタイトな脚本にしていったんです、その部分にはもちろん関わっていましたし、キャスティングが非常に難しく大変でした。監督のオフィルがサラ・アドラーを凄く気に入って、サラはもともと私の友人でもありましたけれども、5年間彼女になんとかこの映画に出演してくれるよう説得を続けました。そのキャスティングセッションにもずっと、オフィルと二人三脚で関わってきました。映画祭では、制作費を集めるということもしましたし、オフィルと共にこの映画を作るために一緒にやってきたのです。オフィル・ラウル・ゲレイツァは本当に才能ある監督で、やりたいこともしっかり分かっている人間です。脚本はオフィルの個人的な体験に基づいていましたし、映画の中に出てくる料理も彼が実際に作ったことのある料理なのです。8年前に彼が初めて私のところにこういう映画を作りたいと脚本を持って来た時、私はその脚本を読んで、今まで様々な作品の製作を手掛けてきた中でも最も商業的価値の高い映画だと直観しました。本当に“純粋な映画”という感じで、利益も見込めるし、非常にいい映画になると最初から確信していました。


『彼が愛したケーキ職人』
英題:THE CAKEMAKER

12月1日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開

監督・脚本:オフィル・ラウル・グレイツァ
プロデューサー:イタイ・タミール
撮影:オムリ・アローニ
音楽:ドミニク・シャルパンティエ
出演:ティム・カルクオフ、サラ・アドラー、ロイ・ミラー、ゾハル・シュトラウス、サンドラ・シャーディー

© All rights reserved to Laila Films Ltd.2017

2017年/イスラエル・ドイツ/109分/スコープサイズ/カラー/5.1ch
配給:エスパース・サロウ

『彼が愛したケーキ職人』
オフィシャルサイト
http://cakemaker.espace-sarou.com
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