『ドキュメンタリー 頭脳警察』

上原輝樹
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1969年、ビートルズが解散の危機に瀕している時に、レッド・ツッペリンの1stアルバム、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの3rdアルバム、ストゥージーズの1stアルバム『1969』がリリースされた。メインカルチャーに対抗するカウンターカルチャーが台頭し始める、そんな時代に学生運動全盛の日本で19歳のPANTAとTOSHIを中心に結成されたのが頭脳警察だった。72年に発表されたファーストとセカンドアルバムは、その歌詞の過激さから発売禁止となり、彼らは反体制のバンドとして担ぎ上げられる。そして、幾多の伝説的なライブパフォーマンスと数枚のアルバムで当時の音楽シーンに確かな足跡を残し、75年、学生運動の終焉と機を同じくして、頭脳警察は解散する。

本作『ドキュメンタリー 頭脳警察』は、PANTAが新バンド陽炎を結成した2006年から頭脳警察を再始動させる08年までの3年間に渡り、ライブやレコーディングのみならず、プライベートにまで密着して撮影された記念碑的なドキュメンタリーである。構成は3部から成り全体で314分に及ぶが、1部1作品として独立して鑑賞できる作りになっている。音楽ものドキュメンタリーには、しばしば長尺のものが突如として出現するが、日本に限って言えば2006年の青山真治『AA』(音楽批評家・間章のドキュメンタリー)443分に続くエピックと言って良いだろう。

第一部

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デビュー前夜のアイドルを目指した時代から三里塚での決定的なライブまでを回想するPANTAの言葉には、自分のキャリアについての確信犯めいたビジョンなど特になかったことが映画作家のキャメラを通して明かされていく。だから、80年代に甘々なポップソングを発表し、かつてのファンから不買運動が起きた時、当の本人はその現象をきっと理解出来なかったに違いない。つまり、Like A Rolling Stone、流れるままに生きて来た自由なミュージシャン、それ以上でも以下でもない一介の生身の音楽家としてのPANTAの素顔がこの映画では明らかにされていく。

08年に再始動した頭脳警察の素晴らしいライブ・パフォーマンスがキャメラに収められている。強者ミュージシャン揃いの新生頭脳警察のソリッドなバンドサウンドに、TOSHIのパーカションが絶妙なスパイスとなって豊かなニュアンスを加えている。キャメラは、幾つものプロジェクトを同時進行するPANTAの活動を追う。そのプロジェクトにTOSHIは参加していないのだが、新宿3丁目の廃墟と化しかけている"風林会館"での陽炎のレコーディングシーンが面白い。かつてのキャバレーをスタジオをとして使い、強者バンドメンバーたちが、ええ〜こんなところでやるの〜、と口では言いながら、表情はとても楽しげだ。そこから生まれる独特の音の響きが生々しくて素晴らしい。サウンドは似ていないが、U2の傑作アルバム「ヨシュア・トゥリー」をヨーロッパの古城で録音したブライアン・イーノとダニエル・ラノワの発想に近いものを感じた。

PANTAの母が亡くなり通夜が営まれる。その通夜の会場まで入っていき、PANTAを含む親族のみならず、棺桶の中の亡骸にまでクローズアップで迫るドキュメンタリー作家のキャメラワークには鬼気迫るものがある、とつい力んで言いたくなるが、画面にはそうした邪気は一切写っていない。キャメラは、空気のようにそこに存在し、特別な空間における人々の自然な表情を収めていく。

第二部

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PANTAは、母親の死をきっかけに、太平洋戦争で沈没を免れた数少ない大型船のひとつ、氷川丸に乗船し従軍看護婦として本国に帰還した母親の足取りを、自ら当時の関係者に取材して明らかにしていく。PANTAの母親の生き様を通して、戦中の日本人の暮らしが炙り出されていく。

獄中の重信房子とPANTAの往復書簡から生まれようとしているアルバム『オリーブの樹の下で』の制作過程をキャメラは追う。重信房子の娘メイもレコーディングに参加し、その模様も映像に収められている。レバノンに生まれた重信メイは、アラブと日本の架け橋となるべくジャーナリストとして活躍しているが、近年では映画(『9.11-8.15 日本心中』)にも出演し、存在感を高めつつある。四方田犬彦は「新潮」2009年11月号の連載で本ドキュメンタリーを考察して、「日本赤軍は解散した。だがその子供たちは世界のいたるところに散らばりながら、カフカの短編小説に登場する野鼠のように、小さな、しかしけっして潰されることのない戦いを続けているのだ。」と締めくくるのだが、その子供たちの中でも、「赤軍」の娘とは、まさしく重信メイであり、彼女はそうした無数の小さな戦いの中で輝く"希望"であるとする張承志(中国少数民族回族の作家、イスラーム研究者、歴史学研究者、文化大革命時に近衛兵指導者だったことでも知られる)の著述を紹介している。そして、「娘」が重信メイであれば、「息子」とは、PANTAに他ならないと四方田は言う。

重信親子との共作を経ながら、キャメラは同時多発的に展開していく、PANTAの音楽活動を追っていく。不知火、陽炎、響などのPANTAの活動と交わらず平行線を辿り進行していくTOSHIの音楽活動、三社(TOSHI、三上寛、浦邊雅祥)のライブ・パフォーマンスも逃さずキャメラは追っていく。ジョン・ゾーンのロフトジャズを想起させながらも、三上のワン&オンリーな歌が時空を捩じ曲げる三社のライブが素晴らしい!

陽炎のライブで歌われる『7月のムスターファ』という曲の解説をPANTAが自ら語る。イラクのサダム・フセインに悪名高き二人の息子、ウダイとクサイがいたが、ムスターファとは、クサイの14歳の息子のこと。2003年7月にアメリカ軍がイラクのムスクを急襲し、この二人をミサイル弾などによる攻撃で殺傷、生き残った齢14歳のムスターファは、一人で1時間の間、200名の米兵を相手に戦い最後は殺されたのだという。PANTAは、この逸話を『7月のムスターファ』という歌にして、熾烈な最後を遂げた一人の若者の死を弔う。私は、このエピソードを聞いて、試写で見たばかりのタランティーノの『イングロリアス・バスターズ』の中の挿話を想い出した。もしや、タランティーノは、このムスターファのエピソードを、イーライ・ロスが撮った劇中劇の脚本に翻案したのだろうか?そんなあり得ない想像を巡らした。

第三部

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そして、いよいよ頭脳警察が再始動する。メンバーは、PANTA(vo,g)、陽炎から菊池琢巳(g)、中谷宏道(b)、中山努(key)、小柳"Cherry"昌典(ds)、そして、そこにTOSHI(per)が加わることで"頭脳警察"が動き出す。数奇な人生と言ってよいだろう、PANTAとTOSHIがつかず離れず歩んだ約40年に及ぶ歴史は、"音楽"を通じてここに命の炎を激しく燃やす。彼らについて語られる様々なイシューは、時代の変化とともに再び脚光を浴びる時もあるかもしれない、それでも、それよりも何よりも頭脳警察のサウンドの素晴らしさが、本作の価値を高めている。第三部では、そんな彼らのライブをたっぷり堪能することできる。彼らが選んだ道は、"ミュージシャン"という誰もが憧れる職業、いみじくもTOSHIが呟いたように、そんな職業を真っ当できる、それ以上何を求めるというのか?


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『ドキュメンタリー 頭脳警察』

11月7日(土)、シアターN渋谷にてロードショー

監督:瀬々敬久
プロデューサー:石毛栄典
企画:須田諭一
撮影:西久保弘一、芦澤明子ほか
演出補:西村晋也
編集:今井俊裕
整音:有元賢二
出演:PANTA、TOSHI、菊池琢己(guitar)、中谷宏道(bass)、中山努(keyboards)、小柳"CHERRY"昌法(drums)、遠藤ミチロウ、三上寛、重信メイほか

2009年/日本/カラー/第1部 107分/第2部 103分/第3部 104分/デジタル上映/ステレオ
配給:トランスフォーマー

(c) 2009 Transformer, inc.

『ドキュメンタリー 頭脳警察』
オフィシャルサイト
http://brain-police-movie.com/

シアターN渋谷にて
7日間連続の公開記念イベントが開催されます。
※連日18:30の回上映後

11/7(土)
重信メイ(ジャーナリスト)×瀬々敬久(『ドキュメンタリー 頭脳警察』監督)

11/8(日)
足立正生(映画監督)×瀬々敬久
司会:平沢剛(映画研究者)

11/9(月)
井土紀州(映画監督)×瀬々敬久
司会:平澤竹織(映画芸術編集部)

11/10(火)
PANTA×日野研二(THE BACILLUS BRAIN)×仲野茂(SDR,exアナーキー)

11/11(水)
PANTA×鈴木慶一(ムーンライダーズ)

11/12(木)
PANTA×鈴木邦男(「一水会」顧問)×木村三浩(「一水会」代表)

11/13(金)
頭脳警察(PANTA・TOSHI)×瀬々敬久×須田諭一(『ドキュメンタリー 頭脳警察』企画)
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