『サブウエイ123 激突』

上原輝樹
tony_01.jpg

70年代のNYサブウエイといえば、チーマー同士のバイオレンスな抗争を70'sブッ飛びNYファション(というよりは衣装)満載で描いた『ザ・ウォーリアーズ』(79/ウォルター・ヒル)やNYインディー映画の父、ジョン・カサベテスの作品群のなかでは最も娯楽色が強い作品『グロリア』(80/ジョン・カサベテス)といったダークで危険な時代のNYを描いた傑作映画で、そのグラフィティまみれの勇姿を拝むことができるが、『ヒート』(95/マイケル・マン)のデ・ニーロ的なスタイリングで髭を蓄えたジョン・トラボルタや、大した見せ場もなく死んでしまう、ソダーバーグ組の名脇役ルイス・ガスマン程度の悪人面は、70年代のNYサブウエイにはうようよいたに違いない。時代が変わったといえばそれまでだが、本作のサブウエイの乗客たちの善良さには、かつてのワルの面影すらないところが寂しい。これではどう見ても相対的に人相の悪いトラボルタ&ガスマンの犯人チームには太刀打ち出来まいと思いはじめた所で、乗客の中に元航空部隊のタフガイらしき男がいることがわかり、人質の中で一瞬期待を集めるものの、あっけなく至近距離から銃弾を浴び死んでしまう。その前にも、一見して赤毛のアイリッシュ系、といえば、NY映画では"刑事"と相場が決まっていることを利用して、乗客として乗り合わせた私服の男が車両の異変に気付く短いショットがインサートされているのだが、この刑事も映画の開巻早々に殺されてしまう。

tony_02.jpg

ハイジャックされたことで危険な時代に先祖帰りしたNYサブウエイは、ダークな時代ながらも9.11以前のNYを想起させるという点では郷愁すら漂い、スパイク・リーの『セントアンナの奇跡』で数分のキャメオ出演ながらも強烈な印象を残したジョン・タトゥーロが、今回はそれ程の印象ではないものの得意の刑事役を演じ、ヘリコプター上空からツインタワーの不在を感じさせないキャメラワークで撮影されたマンハッタンのスカイラインを眺めながら「この街は(身を危険に晒してでも)守るに値するだろう」と同席するデンゼル・ワシントンに語りかける時、その景観の懐かしさもあって、危うく感情を持って行かれそうになる手前で、荒唐無稽な主犯格ジョン・トラボルタの人物設定とスタイリッシュというよりは、逆にセンスの古さを感じさせるトニー・スコットの映像スタイルが観客の感情移入を妨げる。

tony_03.jpg

現在の金融恐慌を引き起こした元凶としてやり玉に挙っているウォール・ストリートの元住人を犯人グループと関連付けるシナリオは、いくら拝金主義が現代的悪の象徴とはいえ、いささか説得力に欠けると言わざるを得ないが、『LAコンフィエンシャル』(97/カーティス・ハンソン)の脚本家ブライアン・ヘルゲランドの脚本は、大物俳優二人の対話と丁々発止の駆け引き、そして、デンゼル・ワシントンが演じるキャラクターの実にアメリカ的というべきユニークな道徳的価値観に基づく"成長"の物語に全てが賭けられているように見える。このハイジャック事件に巻き込まれたデンゼル・ワシントン演じる地下鉄職員は、ハイジャック犯のトラボルタとのやりとりの中で人質を救う為に、自らの過去の罪を"告白"する。この"告白"で生まれ変わったデンゼルが、その後犯人グループを追いつめる活躍をする。

tony_04.jpg

『ソプラノ』シリーズで生涯のハマリ役を得て素晴らしい存在感を見せたジェームズ・ガンドルフィーニが、本作では中途半端な存在感を発揮するに留まっているものの、NY市長を演じ、その活躍に免じて過去の罪を放免することを地下鉄職員デンゼルに約束する。ほとんど"西部劇"的決着と言うべき、超法規的措置が法律を超えて道徳的価値観を形成する、その実存主義的思想が、ブッシュ時代のアメリカ的グローバリズムの流れの中で、弁護士がよってたかって作り上げた"企業コンプライアンス"なる人間の生命力にとって全く何一つ貢献しそうもない絵空事をあえて無視していく様はさすがに痛快ではあるものの、それにしてもガンドルフィーニNY 市長がいみじくも劇中で「なぜヘリコプターを使わん!」と激怒した通り、このNY市街でのド派手なカーアクションの不必要さは常道を逸している。アップで何度も強調される"時計"や"ノートPC(VA○O)"のあからさまな企業宣伝には何らかの大人の事情があるのだろうからまあ良いとしても、せっかく個性的な俳優陣を揃えながらも脇役たちの演出はほどほどに、毎度おなじみの市街を破壊しまくるカーチェイスに本気なところは、力の入れどころが違うのでは?と思わざるを得なかった。

 それでも律儀にエンドロールを最後まで見て、スタジオ撮影が主にクイーンズのギリシア人地区アストリアで行われたことを確認し、館内が明るくなってから席を立った私は、場所が新宿歌舞伎町の夜9時の回だったからかもしれないが、映画公開初日の夜だというのに、人もまばらな館内の観客の半数が席も立たずに眠り惚けているホームレスの人たちだったことを知った。同じ新宿でもバルト9だったらきっと状況は違っていたに違いないが、このウルサいだけで全く効果的とは思えないサウンドトラックは何とかならないものか?と神経質に本作を観ていた私のすぐ後ろでは、そんな轟音をものともせず帰る家もなく眠る人たちが10人程度はいたわけだから、本作のオリジナル版が公開された1974年のNYとうって変わって今や世界一安全な街に様変わりしたNYとは逆さまに、2009年の東京が今、70年代NY的な頽廃の中にあるような不気味な感覚を覚えて映画館を後にしたのだが、その感じは決して悪いものではなく、ある種の映画的郷愁を誘うものだった。


『サブウエイ123 激突』について、皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。
なお、ご投稿頂いたものを掲載するか否かの判断については、
OUTSIDE IN TOKYO 編集部の判断に一任頂きますので、ご了承ください。





Comment(0)

『サブウエイ123 激突』
原題:THE TAKING OF PELHAM 123

9月4日(金)、TOHOシネマズ 日劇ほか全国ロードショー

監督:トニー・スコット
製作総指揮:バリー・ウォルドマン、マイケル・コスティガン、ライアン・カヴァノー
製作:トッド・ブラック、トニー・スコット、ジェイソン・ブルメンタル、スティーヴ・ティッシュ
原作:ジョン・ゴーディ
脚本:ブライアン・ヘルゲランド
撮影監督:トビアス・シュリッスラー、ASC
美術:クリス・シーガーズ
編集:クリス・レベンゾン、A.C.E
衣装:レネー・アーリック・カルファス
音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
出演:デンゼル・ワシントン、ジョン・トラボルタ、ジョン・タトゥーロ、ルイス・ガスマン、マイケル・リスポリ、アーンジャニュー・エリス、ジェームズ・ガンドルフィーニ

2009年/アメリカ/スコープサイズ/2,900m/1時間45分/SDDS・ドルビーデジタル・ドルビーSR
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

写真:© 2009 Sony Pictures Digital Inc. All Rights Reserved.

『サブウエイ123 激突』
オフィシャルサイト
http://www.sonypictures.jp/movies/
thetakingofpelham123/
印刷