『ノーウェアボーイ』

上原輝樹
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ビートルズ結成前夜のジョン・レノンについては、何冊かの伝記が出版されているが、それらの本でもあまり明らかにされていない、世界の中で自分の居場所を見つけられず苦悩する若き日の"ジョン・レノン"の姿が本作では活写されている。

世界的なポップ・アイコンである"ジョン・レノン"を描くというハードルの高い仕事に果敢に挑戦したのが、現代美術のアーティスト/フォトグラファーとしてその名を知られるサム・テイラー=ウッド、本作が初の長編映画の監督作品となる。彼女のエキシビションは日本でも行われているが、数年前に六本木のギャラリーで開催された「クライング・メン」展は、ジョナサン・リス・マイヤーズ、ショーン・ペン、ジュード・ロウといったハリウッド俳優28人を連ね、男たちが泣く姿ばかりをフレームに収めるというコンセプチュアルなショウだった。そのショウを見て、俳優を泣かしてその泣き顔を撮るという彼女の特技を知るものは、リヴァプールの不良少年だったジョン・レノンの素顔をポートレイトするのに、彼女ほど適した人物はあるまいと確信するだろう。

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自殺という衝撃的な最後を遂げたジョイ・ディビジョンのヴォーカル、イアン・カーティスを描いた『コントロール』の脚本が高い評価を受けた本作の脚本家マット・グリーンハルシュは、母親の愛を求め、もがき苦しむジョン(アーロン・ジョンソン)の姿を描きながらも、彼のやんちゃでいたずら好きな一面をないがしろにする事なく、イギリス人特有のブラックユーモアを映画全編に効かせ、ストーリーの明暗をバランス良く案配している。時代的には、キャリー・マリガンの鮮烈さが今だ記憶に新しい『17歳の肖像』とほぼ同時期の、ビートルズ/ストーンズ前夜というどちらかという地味な時代を両作品とも描き、どちらの作品も、個性豊かで既存の枠に嵌ることができない一人の若者の苦悩と旅立ちを描いた普遍的な"青春映画"の鈍い輝きを放つ。"青春映画"に欠かせない音楽の選曲も抜かりなく素晴らしい。劇中で、4人組のグループ名が口にされることは巧妙に避けられているが、ポールやジョージとの出会い、ピートとの友情が鮮やかに描かれ、今も現存する"ストロベリー・フィールズ"やジョンの生家周辺の緑豊かな街並がキャメラに収められており、従来のファンに対する目配せも、きめ細かく効いている。

そして、『ずっとあなたを愛してる』、『旅立ち(原題:Partir)』、TIFF2010で観客賞を受賞したばかりの名作『サラの鍵』ら、一連の作品で主演女優として輝きを放ち続ける名女優クリスティン・スコット・トーマスが、本作では感情表現を抑えた、厳格な継母の役柄を張りつめたテンションで演じ、作品に豊かなコントラストをもたらしている。

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実際の母親を二度も失う苦難に見舞われたジョンにも、彼を育ててくれた継母、叔父、バンド仲間、友人たちといった周囲の人々の愛情が存在していたことが描かれるものの、そうした全てを束ねても母親の存在には代え難い、その切なさを映画は見事に描き出す。それでもほんの数人の女性たちの存在と"音楽"が彼を救ったのだと監督はどうしても伝えたかったのかもしれない。サム・テイラー=ウッド監督がジョンの役を好演したアーロン・ジョンソンと実生活で婚約し、第一子を出産したばかりの新しい母親であることを知れば、本作がジョン・レノンの物語であると同時に、新米の母親監督から捧げられた、ジョン・レノンの痛々しい名作「MOTHER」の主人公であるジョンの実母と育ての親、二人の母親への讃歌でもあるように見えてくる。


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『ノーウェアボーイ』
英題:NOWHERE BOY

11月5日(金)より、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー!
 
監督:サム・テイラー=ウッド
原作:ジュリア・ベアード
脚本:マット・グリーンハルシュ
撮影:シーマス・マッガーヴェイ 
出演:アーロン・ジョンソン、クリスティン・スコット・トーマス、アンヌ=マリー・ダフ、トーマス・ブローディ・サングスター、サム・ベル、デヴィッド・スレルフォール 他

© 2009 Lennon Films Limited Channel Four Television Corporation and UKFilm Council. All Rights Reserved.

2009年/イギリス/98分/カラー/シネマスコープ/ドルビーSR/ドルビーデジタル
配給:GAGA powered by ヒューマックスシネマ

『ノーウェアボーイ』
オフィシャルサイト
http://nowhereboy.gaga.ne.jp/
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