『大鹿村騒動記』

上原輝樹
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長野県の大鹿村で300年間続いている「村歌舞伎」に魅せられ、そこに芸能の原点を見いだした原田芳雄を企画の中心に据え、阪本順治監督と脚本家荒井晴彦が丁々発止のやり取りをして脚本を練り上げた本作『大鹿村騒動記』には、大楠道代、岸部一徳、松たか子、佐藤浩市、小野武彦、小倉一郎、でんでん、瑛太に加え、石橋蓮司、そして、三國連太郎まで、錚々たる顔ぶれが集い、僅か2週間で撮影が敢行された。その勢いと身軽さで、こんな楽しげな顔ぶれの映画が実現したことがまず素晴らしい。久々に良いお芝居を観たというのが、観終わった直後の感想だった。

原田芳雄演じる善(ぜん)ちゃんは、「村歌舞伎」の花形役者。平家滅亡の後日談を描いた「六千両後日文章 重忠館の段」という芝居で、源頼朝を相手に大暴れする景清(かげきよ)という"敗残のヒーロー"を演じる。素の善ちゃんはテンガロンハットにサングラスという"反逆者"原田芳雄のステレオタイプをカントリー風にトランスフォームした出で立ちで、"ディア・イーター"という名の食堂を生業として営んでいる。この店名には、捕鯨批判への揶揄と、ベトナム帰りのデ・ニーロがヒューマニティに目覚めて鹿を撃つのを止める『ディア・ハンター』への皮肉が込められているなどと、要らぬ想像を掻き立てられてしまうのだが、むしろ本作はそうした余計な意味付けからは自由であろうと、浮世離れした、不思議な軽やかさに満ちている。

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<三角関係>という荒井晴彦的テーマ設定に召還されて、この村に舞い戻ってきた二人、かつて駆け落ちした治(おさむ)を演じる岸辺一徳と善ちゃんの妻貴子を演じる大楠道代が、佐藤浩市演じるバス・ドライバーの運転する車両から人目を憚るようにして降りてくるシーンで始まる本作は、以降約90分間、ほとんど淀むことなく、見事なリズムでストーリーが展開していく。

例えば、善ちゃんの親友であるにも関わらず、善ちゃんの妻貴子と駆け落ちした治が、その間どのように食っていたのかということを、ほんの3秒の寝言で語らせてしまうという効率的な演出や、突然の裏切りをやはり許せない善ちゃんが、治に殴り掛かって取っ組み合いになったところで、貴子がバケツの冷や水をぶっかけて二人の頭を冷やす、すぐ次のカットで、治の岸部一徳が風呂から出てくる、といった調子の、古典喜劇的な経済効率の良い編集のリズムが心地よい。

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それにしても、情けない男を演じさせたら、この男の右に出る者はいないと思わせる、岸部一徳の悲劇的なまでの喜劇性が、何とも素晴らしい。その岸部一徳が、最初の一声のトーンが決まるまで相当悩んだというのだから、2週間の失敗の許されない現場というのは、かなりの緊張感が支配していたのに違いない。大楠道代が演じる貴子は、記憶に障害が生じていて、かつて演じた歌舞伎の台詞は覚えていても、日常の記憶が定かではない。この記憶喪失が、陰惨な話になりかねない<三角関係>を喜劇たらしめる仕掛けとして機能しているのだが、『ディア・ハンター』が脳裏にちらつくものとしては、記憶障害のある人物造形と山中の激しい嵐のシーンに『シャッター・アイランド』まで想起してしまい、何かにつけてアメリカ映画を参照しながら観るという倒錯的な喜びを秘かに感じながら観たことを告白しておく。

そんな勝手な見方をすることが正解であるとは思っていないのだが、上手く練り上げられた脚本を基に、芸達者な俳優陣が演じ、関西出身の笑いのツボを押さえた阪本順治監督が演出するわけだから、映画が面白くならないわけがない。「学問のすすめ」という西部邁と佐高信がホストを務め、阪本順治監督と荒井晴彦がゲストとして出演したCSテレビ番組で、佐高信が、松たか子というのは大したことない女優だと思っていたが、これを観るととても良いんでびっくりした、などと言っていたが、松たか子が素晴らしいコメディエンヌであるということは周知の事実と思っていた私には、却って、その感想が新鮮ですらあった。

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しかし、終盤、三國連太郎が画面に登場する辺りから、映画のリズムに変化が生じ、空気は次第に湿気を帯びていく。そもそも、山間のこの地では、悪天候時の地滑りなど、自然災害が人々の生活と隣り合わせにあり、そのことを示す伏線が、テレビの音声や村人のちょっとした会話の中にさり気なく散りばめられている。基調をなす軽やかな展開の中に、美しい自然の持つ、もう一つの不穏な表情が忍ぶ。その不穏さは、三國が演じる貴子の父親がかつて経験したシベリアでの抑留体験の記憶とも共鳴し、「六千両後日文章 重忠館の段」で発せられる景清の「仇(あだ)も恨みも是(これ)まで是まで」という決めゼリフをも不穏に震わせる。日本の近代300年の歴史に通底する不穏さを仄めかしながら、小気味良い喜劇として観客を楽しませる『大鹿村騒動記』は、『ディア・ハンター』と同じロケーションで撮影された『スーパー8』の評価すべき"普通さ"(蓮実重彦)と同様に"普通"以上に良い映画として然るべき高い評価を得るべきだろう。

あの「映画芸術」誌上で、苦悩の表情で恨み言を並べる様を一読者として拝読しているものから見ると、テレビ番組でグラスを傾けながら『大鹿村騒動記』について西部邁と談笑する荒井晴彦の姿を見るのは、とても良い気持ちがした。今回は肩の力を抜いて、一気に脚本を仕上げた、それが良かったと語る荒井晴彦の照れ笑いが、本作の確かな手応えを物語っているように見えた。


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『大鹿村騒動記』

7月16日(土)より全国ロードショー
 
監督:阪本順治
脚本:荒井晴彦
原案:延江浩
主題歌:忌野清志郎
出演:原田芳雄、大楠道代、岸部一徳、松たか子、佐藤浩市、冨浦智嗣、瑛太、石橋蓮司、小野武彦、小倉一郎、でんでん、加藤虎ノ介、三國連太郎

© 2011 「大鹿村騒動記」製作委員会

2011年/日本/93分/カラー
配給:東映

『大鹿村騒動記』
オフィシャルサイト
http://ohshika-movie.com/
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