『愛する人』

鍛冶紀子
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ロドリゴ・ガルシアがこれまでの作品で幾度も描いてきたように、本作で描かれるのもまた、人生の交差だ。しかし『愛する人』がこれまでの作品と違うのは、『彼女を見ればわかること』(00)や『美しい人』(05)で交差するのが"どこかの誰か"の人生であったのに対し、『愛する人』は"母娘"という明確な関係性を持つ人たちの交差が描かれている点。女性たちはみな、誰かの母として誰かの娘として登場する。

物語の主軸となるのはカレン(アネット・ベニング)とエリザベス(ナオミ・ワッツ)の母娘。二人は互いの顔を知らない。カレンは14歳のときにエリザベスを産むと同時に養子に出した。娘を産んだが母になれなかったカレン。母を知らずに育ったエリザベス。二人は共に、どこか空虚を抱え、他人との深い関わりを持てずに生きてきた。

母の死に背中を押され、エリザベスを探そうと決意するカレン。思わぬ妊娠で母となったエリザベスもまた、長年避け続けてきた母の存在に想いを馳せる。それまで遠かったカレンとエリザベスの人生が、各々の人生の、各々の登場人物たちによって、少しずつ近づいて行く。

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カレンとエリザベスに次いで第三の軸となる女性ルーシー(ケリー・ワシントン)は、子どもを産めない体。養子縁組を決意し、子どもを抱くことを切望している。このルーシーとその母の存在が物語に深みを与えている。産むことで成立する母娘もあれば、育てることで成立する母娘もある。

子どもを産むこと、母になることは、女性にとって人生最大の選択だ。連綿と続いてきた命の連鎖の問題だから、自分ひとりのこととしてコントロールしきれない。産むにしろ産まないにしろ産めないにしろ、パートナーを、親を、周囲の人たちを巻き込まざるを得ない。そのむずかしさ、それゆえのすばらしさ。女性を描くスペシャリストと呼ばれるガルシア監督だが、本作でもその手腕が光る。それにしても。この人はなぜこうも女性の感情をうまくすくい上げられるのだろう?

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俳優陣ではやはり主演のアネット・ベニングとナオミ・ワッツがすばらしい。特にナオミ・ワッツは自身の妊娠が重なったため本当の妊婦姿で登場しており、さすがの説得力。そして彼女たちを美しく撮ったハビエル・ペレス・グロベットのキャメラ!

最後のシークエンス、アネット・ベニング演ずるカレンが、玄関を出て道を歩いていくワンシーンがある。キャメラはカレンとの距離を均等に保ちながら平行し、カレンの横姿を捉え続ける。ロングスカートが風を受けてやわらかくなびく。髪がさらさらと後方へなびく。非常に美しいワンシーン。日差しの温かさ、草木の香りを含んだ空気、そよ風の肌触りがスクリーンを通してこちらにも届いているかのようで、思わずスーッと深呼吸をしてしまった。


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Comment(1)

Posted by PineWood | 2015.05.08

親子の人生交差とカメラワークの美、ワンダフルなナオミ・ワッツ
エンデイング・ロールに流れるルーシー・シュワルツのリトル・ワンの歌声も胸にグッときて。
ロードショー館で見て、名画座で見て、またも見てみたいベスト映画。ロドリコ・ガルシア監督特集があったら駆け付けたい!

『愛する人』
原題:MOTHER AND CHILD

2011年1月15日(土)より、Bunkamuraル・シネマ、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
 
監督・脚本:ロドリゴ・ガルシア
製作総指揮:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
プロデューサー:ジョディ・リン、リサ・マリア・ファルコン
撮影監督:ハビエル・ペレス・グロベット
編集:スティーヴン・ワイズバーグ
プロダクション・デザイナー:クリストファー・タンドン
作曲:エドワード・シェアマー
衣装デザイン:スージー・デサント
出演:ナオミ・ワッツ、アネット・ベニング、ケリー・ワシントン、サミュエル・L・ジャクソン、ジミー・スミッツ、デヴィット・モース

© 2009, Mother and Child Productions, LLC

2009年/アメリカ、スペイン/カラー/126分
配給:ファントム・フィルム

『愛する人』
オフィシャルサイト
http://aisuru-hito.com/
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