『イングロリアス・バスターズ』

上原輝樹
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タランティーノの新作である。とりあえずは、何を差し置いても観に行かなければならない。

第1章 その昔・・・ナチ占領下のフランスで

タランティーノ映画の場合、オープニングで勝負が決まる。開巻と同時に『キル・ビル』の復讐譚を想い出させるウエスタン調のサントラが流れ、「第1章 その昔・・・ナチ占領下のフランスで」が始まる。1941年、フランスの片田舎、新緑の緑豊かな高台に建つ農家の軒先でシーツを干す美しい娘が、舞台の幕開きを模したような構図で、白いシーツを横に引くと、ナチのジープがこちらに向かってやってくるのが見える。緑豊かな田園風景の中に佇む一軒家に緊張が走る。『キル・ビル』の血みどろのオープニングの記憶が我々の脳裏に生々しく蘇り一瞬嫌な予感が走るが、今作のタランティーノは、そんな簡単には手の内を見せない。サスペンスを持続する完璧なオープニング。ほぼ全て順撮りで撮影されたというから、クランクインして間もなく撮影されたこのシーンには、それ故の新鮮な空気感すら漂う。このオープニング・シーンに使われた楽曲「遥かなるアラモ/The Green Leaves of Summer」は、ジョン・ウェインが監督・主演した映画『アラモ』(60)の主題曲だが、その曲名が表すイメージと田園地帯の夏の美しい新緑、そして、これから語られる壮大な復讐譚を予兆させるウエスタンな曲調がダブルにマッチする決まりよう。

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ナチの"ユダヤ・ハンター"ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)と農家の主との緊張感溢れる駆け引きの末、ユダヤ人一家は、ひとりの少女をのぞいて皆殺しにされる。この惨劇を生き延びた少女ショシャナ(メラニー・ロラン)は血みどろの姿で緑の草原を地平線の向こうへ駆け抜けていく。

第2章 名誉なき野郎ども(イングロリアス・バスターズ)

第2章は、ブラッド・ピット演ずるアルド・レイン中尉の"野郎ども"に対する号令ととも始まる。アルド・レイン中尉は、ナチから"悪魔"と恐れられる連合国軍の残虐な特殊部隊"イングロリアス・バスターズ"を率いる百戦錬磨の隊長である。「我々の任務は、一般市民に化けてフランスに潜入する。任務はただ一つ、"ナチ"を殺ること!」その"ナチの殺し方"が並大抵ではないのだが、いつも根底に流れているタランティーノ特有の反権力志向の黒いユーモアが今回も冴えていて、後味は悪くない。この"反権力志向"は、ネイティブ・アメリカン・クォーターであるタランティーノの"血"に由来するものかもしれない。ブラッド・ピットが演じるアルド・レイン中尉は、極端なアメリカ中西部訛りの英語を喋り、コミックのキャラクターのように大胆にカリカチュアされたキャラクターとして造形されている。この"中西部訛り"や第1章で披露された、ナチの"ユダヤ・ハンター"ランダ大佐と農家の主とのフランス語、ドイツ語と英語を使いわける対話シーンで演出される"言語"へのこだわりがタランティーノの本作における一大テーマであることが徐々に見えてくる。

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ここ2年程でほぼ時期を同じくして撮影された、ウェス・アンダーソン『ダージリン急行』(07)、フランシス・フォード・コッポラ『コッポラの胡蝶の夢』(07)、スティーブン・ソダーバーグ『チェ』2部作(08)、ウディ・アレン『それでも恋するバルセロナ』(08)、スパイク・リー『セントアンナの奇跡』(08)、ジム・ジャームッシュ『リミッツ・オブ・コントロール』(08)といった、いずれも現代のアメリカを代表する映画作家の新作がことごとくアメリカ国外で撮影されたわけだが、そうした動きと連動するかのように本作もドイツの名撮影所(UFA)で主なシーンが撮影されている。その上、本作の重要なテーマ、というか、本作の"笑い"の80%は、多言語を用いたコミュニケーションの演出に仕込まれているところが彼らの作品と比べても格段にユニークな点であり、"脚本家"タランティーノの本領が遺憾なく発揮されている。尤も、タランティーノの脚本の面白さは、ストーリーラインの緻密さやスリリングな謎解きサスペンスが全てではなく、登場人物の縦横無尽にドライブする語りとブラックユーモア、そして、緊張感を持続する人物間の力学的な演出にあることは、今までと変わらない。

第3章 パリにおけるドイツの宵

一家惨殺を生き延びた少女ショシャナは、3年後のパリで名前をミミューと変えて、映画館主になっていた。ミミューは、ナチの占領下で仕方なく「ドイツ映画特集」を開催していたが、ある晩、ドイツ軍の若い兵士フレデリック(ダニエル・ブリュール)に見初められ、執拗に交際を迫られることに。フレデリックは、250名の連合国軍兵士に囲まれたが、たった1人でその戦いに勝利するというあり得ない武勇伝を持つドイツのウォー・ヒーローだった。そのフレデリックの武勇伝を基にした映画『国民の誇り』をパリでプレミア上映するという話が進んでおり、フレデリックは、その上映会場をミミューの映画館に変更するよう宣伝相のゲッペルスに働きかける。家族をナチスに殺されているミミューは、この申し出に面従腹背し、ナチス高官が集まるプレミア上映の夜に、高可燃性のフィルムを発火させナチもろとも映画館を燃やし尽くそうと企むのだった。

この劇中劇『国民の誇り』は、"野郎ども"の1人を演じるイーライ・ロス(タランティーノの弟分、『キャビン・フィーバー』(02)、『ホステル』(05)の監督)が実際にはメガホンを取っているが、"250名の米兵に対して1人で闘うウォー・ヒーロー"という話は、2003年7月、イラク戦争でアメリカ軍がイラクのムスクを急襲し、サダム・フセインの悪名高き二人の息子、ウダイとクサイをミサイル弾などによる攻撃で殺傷、生き残ったクサイの息子、齢14歳のムスターファは、1人で1時間の間、200名の米兵を相手に闘い最後には殺された、という逸話に酷似しており、タランティーノがこのエピソードを脚本に翻案した可能性も無きにしもあらず、、、。

第4章 映画館作戦

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タランティーノの映画への愛は、章を追う毎に深まっていく。第4章のタイトルは、その名もズバリ「映画館作戦(Operation Kino)」。ナチ(悪の象徴)をやっつけて世界を変えることが出来るのは映画しかない!という半分以上本気のタランティーノの"思想"とも言うべきメッセージが、荒唐無稽なフィクションの中にも明確に息づいている。"戦時下"のアメリカだからこそだろう、このようなアクチュアルなメッセージがタランティーノ作品から発せられたのは、長編7作目となる本作が初めてのことだ。ミミューの映画館爆破計画と同時進行で、ナチ高官が集まるプレミア上映会場を襲撃する作戦がイギリス軍を中心に"野郎ども(バスターズ)"も加勢して秘密裏に進んでいた。その為の重要な会合が、二重スパイのドイツ人女優ブリジット(ダイアン・クルーガー)の仕切りで場末のバー"ラ・ルイジアーナ"で行われるのだが、運悪くその日はナチの将校と兵士が同じバーに居合わせていた。ここからは、この緊張感溢れるシチュエーションを設定したタランティーノ脚本と演出の独壇場となる。10年間に渡って推敲に推敲を重ねたという脚本は、その設定の緊張感を長時間維持しながらも時折小さな笑いでガス抜きをしつつ、いつ暴発してもおかしくない状況を引張りまくって先延ばしする。『デスプルーフ in グラインドハウス』が、ルー・リードの「ロックン・ロール」さながらの痛快な3コード・ロックの傑作だとしたら、本作は、デヴィッド・ボウイの「ステーション・トゥ・ステーション」さながらのファンキーなプログレッシブ・ロックの傑作とでもいうべきか。

最終章 ジャイアント・フェイスの逆襲

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血の惨劇と化した"ラ・ルイジアーナ"の会合を生き延びた二重スパイの女優ブリジットは、ブラッド・ピット演じる"野郎ども"の隊長アルド・レイン中尉と合流、ヒトラーも参列するというプレミア上映会場にいよいよ潜り込むのだが、こんなところで本作最大の爆笑シーンが用意されているとは!ロベルト・ベニーニの"くどい笑い"を彷彿させる、このシーンに至るまで約2時間、今回のタランティーノは引っ張りに引っ張る。この大爆笑を引き起こすのが、日本では全くといっていいほど無名のドイツで活躍するオーストリア人俳優クリストフ・ヴァルツ。英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語といった多言語に堪能な彼でなければ務まらない"ナチ・ハンター"ランダ大佐役を快演し、ブラッド・ピットのバカバカしい程に戯画化されたアルド・レイン中尉と丁度良いバランスで拮抗している。ヴァルツはこの役柄でカンヌ映画祭男優賞を受賞。細かいことに言及し出すとキリがないのがタランティーノ映画たる所以だが、ブラッド・ピットが最後に電話で指示を仰ぐ、その通話相手の上官の声には、確かに聞き覚えが、、、その声の主はプレス資料にもクレジットされていないが、『レザボア・ドッグス』でタランティーノの監督デビューを助けた大物俳優の名が伝えられている。

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そして、あの少女ショシャナ=ミミューの復讐は果たしてどのような結末を迎えるのか?ハーケンクロイツの鈎十字の鮮烈な赤を背景に、あの"地球に落ちて来た男"の鳥肌ものの声に始まる名曲が流れ、ミミューの復讐劇がいよいよ幕が開けるシーンの素晴らしさ!ここから映画は、溜めに溜めたタランティーノ演出のマグマが一気に噴き出すクライマックスへ向かう。素晴らしい映画の力!史実を全く無視しているから何だというのか?チャップリンの『独裁者』やルビッチの『生きるべきか死ぬべきか』が、かつてそのような批判に晒されたことがあっただろうか?ロベルト・ベニーニの『ライフ・イズ・ビューティフル』で父親が子供についた、映画でしかあり得ない真っ赤な嘘を誰が責めることが出来るのか?タランティーノの"映画が世界を変える"というファンタジーを誰が笑えるのか?映画オタクを超越して、"映画"の身体性を獲得したタランティーノの最高傑作がここに堂々誕生!


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『イングロリアス・バスターズ』
原題:INGLOURIOUS BASTERDS

11月20日(金)より、TOHOシネマズ 日劇ほか全国ロードショー

監督・脚本:クエンティン・タランティーノ
製作:クエンティン・タランティーノ、ローレンス・ベンダー
製作総指揮:ロイド・フィリップス、ボブ・ワインスタイン、ハーヴェイ・ワインスタイン
撮影監督:ロバート・リチャードソン
プロダクション・デザイナー:デヴィッド・ワスコ
コスチューム・デザイナー:アンナ・シェパード
特殊メイク:グレッグ・ニコテロ
編集:サリー・メンケ
出演:ブラッド・ピット、メラニー・ロラン、ダイアン・クルーガー、クリストフ・ヴァルツ、イーライ・ロス、ティル・シュヴァイガー、ポール・ラスト、ギデオン・ブルクハルト、ジャッキー・イド、オマー・ドゥーム、サム・レヴァイン、マイケル・バコール、B・J・ノヴァック、マルティン・ヴトケ、シルヴェスター・グロート、ジュリー・ドレフュス、アウグスト・ディール、ダニエル・ブリュール、ミヒャエル・ファスベンダー、マイク・マイヤーズ

2009年/アメリカ/カラー/スコープサイズ/ドルビー/152分
配給:東宝東和

(C) 2009 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED

『イングロリアス・バスターズ』
オフィシャルサイト
http://i-basterds.com/
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