『ハーツ・アンド・マインズ/ベトナム戦争の真実』

上原輝樹
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『ザ・コーヴ』の上映中止が議論を呼んでいる。6月8日には、雑誌「創」編集部を中心に、55人のジャーナリストや文化人が上映中止に関する反対声明文(http://thecove.sblo.jp/)を発表、私は見逃してしまったのだが、6月15日には、諏訪監督が学長を務める東京造形大学大学院のプロジェクト「今の時代のニュードキュメンタリー」で『ザ・コーヴ』に関して議論が行われ、その模様がUSTREAMで配信されたという。その翌日、6月16日にはTBSのニュース23クロスでも取り上げられ、ますます世間の注目度は高まりつつある。私自身、当初はあまり気にかけていなかったものの、上映反対運動で営業妨害されている映画館へのエールも込めて、上映されたら是非観に行きたいと思うようになった。これだけ話題になれば、本来興味を持っていなかった人ですら観てみたいと思うようになるのも当然で、上映反対派の人々にとっては大きな誤算に違いない。

と、のっけから本作とは違う映画の話から入ったのは、1974年にアメリカで公開され、翌年のアカデミー最優秀長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した本作『ハーツ・アンド・マインズ』が、日本では劇場公開されることなく、テレビ(現テレビ朝日)で夜11時15分から一度放映され、その後、1986年にVHSビデオが発売されたに留まっており、35年を経た今、やっと初めて日本で劇場公開されるに至ったという経緯の中で、今回の『ザ・コーヴ』騒動でも見られた"自粛"してしまうメンタリティと似た状態が35年前の日本にもあったのではないか、と感じたからだ。

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そもそもアカデミーの最優秀ドキュメンタリー映画賞受賞作品が当たり前のように公開されるようになったのは、マイケル・ムーアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』(02)を皮切りにせいぜいここ10年くらいの話で、何も1975年の『ハーツ・アンド・マインズ』が当時劇場公開されなかったことを今更騒ぎ立てることもないのかもしれない。しかし、である。『ハーツ・アンド・マインズ』は、本作がもっと早く日本で公開されていたとしたら、21世紀にしてようやく巷に広がりつつある"アメリカ離れ"が、よりもっと早い時期に始まっていたに違いないと思わせる程の衝撃的な内容の映画なのである。私たちが観てきたアメリカのベトナム戦争映画は、『地獄の黙示録』(79)にしろ『ディア・ハンター』(78)にしろ『プラトーン』(86)にしろ、ひょっとしたら『フルメタル・ジャケット』(87)でさえも『ハーツ・アンド・マインズ』がなかったら生まれていなかったに違いない。

『ハーツ・アンド・マインズ』を構成している実際の戦場で撮影されたフッテージの残虐性や元兵士たちの証言映像は、前掲の優れたフィクション作品ですら到達することの出来ない人間性の極北に達するもので、観るものは言葉を失い、大きく感情を揺さぶられる。世界中で破壊的な軍事行動をとっていることが公に知られつつも、私たちが体験的に慣れ親しんでいるアメリカ映画、音楽などのポップカルチャーやメジャーリーガー等の陽気でフェアなアメリカ人というパブリック・イメージから、アメリカ合衆国が行ってきた破壊的側面をついつい忘れ勝ちになるが、本作では、その"陽気で人の良さそうな"アメリカ人が、戦争という極限状況が常態化した日常の中で、いかにエゴイスティックかつ冷酷に人種差別的な行動や発言を行ってきたかということをまざまざと見せつけられる。

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もっとも、この映画を作り上げて合衆国政府に反旗を翻し、戦争の悲惨な真実を世に訴えたのもまた同じアメリカ人(監督はテレビ局のドキュメンタリー番組を多く手掛けてきたピーター・デイヴィス、製作は、『イージーライダー』『ラスト・ショー』『天国の日々』の名プロデューサー、バート・シュナイダー)なのであって、樋口泰人の著書「映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか」のタイトル自体がこの事態を明確に言い表している通り、こうした自浄作用を発揮するあたり、当時のアメリカの民主主義はまだ機能不全には陥っていなかった。そして今、9.11以降右傾化を強めた合衆国に於いて、再びこの作品が注目される気運が高まっている。つまり、凄惨な歴史は今もアフガニスタンやイラクで繰り返されており、人類は何も学ぶ事が出来ていない、その証左として『ハーツ・アンド・マインズ』は、地の底から召還されて私たちの眼前に甦り、繰り返しこの作品に立ち返り、目を覚ますよう要請する。

本作が秀逸なのは、ベトナムでの合衆国の蛮行を告発するに留まらず、"戦争"という事態に巻き込まれた一介の人間が、その極限状況でいかにして人間性を失っていってしまうのか、という普遍的なテーマを実際の元兵士たちへの取材の時間の推移の中で探求し、卓越した編集と全体構成の中で観るものに問い掛けて来るところにある。つまり、本作は単なる衝撃映像の連続で構成されたアーカイブ映像なのではなく、実に上手く観るものにストーリーを伝えるべく制作された、古典映画のクオリティを備えたドキュメンタリー映画なのである。ドキュメンタリー映画史上最高傑作の1本との宣伝文句に何一つ嘘はない。

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それにしても、、、
すべて起きたことはいずれ白日の元に晒される。
そう思わなければ、このイカレタ世界を正気で生き延びることは難しい。


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Comment(1)

Posted by 瘤山の住人 | 2010.07.17

 昨日の恵比寿周辺は梅雨明けを思わせる気持の良い天気になりました。最終日ということもあり、満席で「ウインター・ソルジャー」のみ観ました。
 その兵士達のそれぞれ勇気ある証言してくれたと思います。
 戦争を遂行するため、憎しみを作る、他者を劣っていると評価する・・・そういう人間の差別感情をむき出しにさせる・・・そういう操作が創り出されているのだと、実感しました。
 ネイテイブアメリカンの兵士の証言、テーブルについていなかった黒人兵士の話が、特に印象的でした。 

ベトナム戦争勃発から50年
映画で見る戦争(ベトナム)の真実

『ハーツ・アンド・マインズ/ベトナム戦争の真実』
原題:HEARTS AND MINDS

『ウィンター・ソルジャー/ベトナム帰還兵の告白』
原題:WINTER SOLDIER

6月19日(土)より、東京都写真美術館ホールにて同時公開

監督:ピーター・デイヴィス
製作:バート・シュナイダー、ピーター・デイヴィス
撮影:リチャード・ピアース
編集:リンジー・クリングマン、スーザン・マーティン
製作補:トム・コーエン、リチャード・ピアース
編集:リンジー・クリングマン、スーザン・マーティン
リサーチ:ブレナン・ジョーンズ
録音:トム・コーエン
出演:ジョルジュ・ビドー、ジョン・フォスター・ダレス、クラーク・クリフォード、ウォルド・ロストウ、ジョージ・コーカー、ランディ・フロイド・ノーマン、J.W.フルブライト、ロバート・ミュラー、スタン・フォルダー、ジョセフ・マッカーシー、ウィリアム・ウェストモーランド、ダニエル・エルズバーグ、チャン・ティン、ジエム・チャウ、ジョー・トレンデル、バートン・オズボーン、エドワード・サウダース、ジョージ・パットン3世、ウィリアム・マーシャル、グエン・ゴク・リン、ロバート・ケネディ、ユージン・マッカーシー、グエン・カーン、ゴ・ディン・ジェム、ゴ・バ・ダン、グエン・ティ・サウ、マクスウェル・ディラー、ボブ・ホープ、リンドン・ジョンソン、J・F・ケネディ、リチャード・ニクソン、ロナルド・レーガン 他

1974年/アメリカ/112分/カラー/ビスタサイズ/モノラル
配給:エデン

『ハーツ・アンド・マインズ/ベトナム戦争の真実』
オフィシャルサイト
http://www.eigademiru.com/
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