『渇き』

浅井 学
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韓国映画界を牽引する重要人物、パク・チャヌク監督が、バンパイヤという古典的モチーフをかりて、韓国の最大宗教勢力であるキリスト教的倫理観や、抑圧的とも言える強い絆で結ばれた"家族の物語"を、圧倒的なセックスとバイオレンスとブラックユーモアにて破壊しつくす。

生真面目なカトリックの神父サンヒョン(ソン・ガンホ)は、"祈り"という行為に無力感をつのらせ、究極的な救済と自己犠牲の方法として異国の地で行われている伝染病治療のために致死率の高い人体実験に身を捧げる。
奇跡的に国に戻ったサンヒョンだったが、その体内では異変が起きていて、人の生き血を吸わなければ生きていけないバンパイヤと変貌していた。
神の名のもと欲望を捨て去り、命さえ投げ出そうとした神父が、人の首筋を見ると生唾をのみ、幼なじみの妻であるテジュ(キム・オクビン)に猛烈に惹かれ、禁断の世界へ堕ちていく...。

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病院に忍び込み、昏睡中の患者の血を輸血チューブから吸い出すたびに、神父サンヒョンは生気を取り戻しどんどん若返っていく。そして、幼なじみの妻であるテジュは、神父サンヒョンと不貞を繰り返せば繰り返すほど、艶めきを増し生きる喜びをあらわにしていく。
不貞の妻、テジュが神父に、自分の夫を殺させるように仕向ける頃には、主人公は入れ替わり、主題は自分を抑圧した"夫"そして"家族"への復讐劇へと展開していく。

特筆すべきは、2人の女優の存在だ。
一人はもちろん、テジュ役の美少女、キム・オクビン。善と悪、少女と魔性の女へと移ろうその表情の見事な変化に惹きつけられる。間違いなくこの映画の大きな見所となるだろう。
特に前半は、アガルマトフィリア(人形偏愛者)をも魅了しそうな、とってつけたような極端に細く長い手足、切ない程に華奢な肩にちょこんと据えられた無表情で生気のぬけた童顔が印象的だ。極めて淫靡で切なく美しい。
この新生ミューズは、その大胆な脱ぎっぷりも含め、韓国でも驚きとともに絶賛されたという。"化ける"とはまさにこのことだろう。

もう一人は、義理の母役の、キム・ヘスク。「冬のソナタ」はじめ「拝啓、ご両親様」など日本でも人気の韓流ドラマでも活躍するベテラン女優が醸し出す、"家庭内の絶対的な存在であるオモニ(母)"は強烈だ。物分りの良い笑顔の裏で常に嫁の監視を怠らず、息子を病的に溺愛する。テジュの個の人格や人生を否定する抑圧者を見事に体現した。

登場人物が次々と文字通り血祭りにあげられるなか、この母だけは、最後の最後まで意図的に生かされ引きずり回され、自らを中心とする家族やコミュニティの崩壊とともに、鮮血にまみれた背徳の場面を意図的に目撃させられる。抑圧者への復讐?しかし、これはたまったものではない!

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1930年代初頭、アメリカ中西部で数多くの銀行強盗や殺人を犯した世紀の犯罪カップル、ボニーとクライドの最期は100数十発もの銃弾であったが、この暴走するバンパイヤカップル、サンヒョンとテジュを仕留めたものとは...。
これぞラストシーンとでも言うべき荘厳な光景に深くため息をつかされた。

『オールド・ボーイ』『復讐者に憐れみを』『親切なクムジャさん』の"復讐三部作"であらゆるタブーとバイオレンスを描ききって、一服かと思っていたらとんでもない。パク・チャヌク監督の人間の内面をえぐり出そうとする執拗なまでの情熱と迸るイマジネーションはとどまることを知らない。


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『渇き』
原題:BAK-JWI

2月27日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開

監督:パク・チャヌク
プロデューサー:アン・スヒョン、パク・チャヌク
脚本:チョン・ソギョン、パク・チャヌク
撮影:チョン・ジョンフン
照明:パク・ヒョヌォン
美術:リュ・ソンヒ
衣装:チョ・サンギュン
ヘアメイク:ソン・ジョンヒ
音楽:チョ・ヨンウク
出演:ソン・ガンホ、キム・オクビン、シン・ハギュン、キム・ヘスク、パク・イヌァン

2009年/韓国・アメリカ/133分/スコープサイズ/ドルビーSRD
配給:ファントム・フィルム

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『渇き』
オフィシャルサイト
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