『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』

上原輝樹
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施設育ちの若者二人ケンタ(松田翔太)とジュン(高良健吾)が、工事現場でひたすら壁を壊す"はつり"工事に明け暮れる日常に嫌気が差し、イジメを受けていた職場の先輩(新井浩文)にリベンジをした挙げ句に、ケンタの兄(宮崎将)が服役している網走の刑務所を目指して旅をするロード・ムービー、とストーリーを簡単にまとめてしまっていいものかどうか迷ってしまう映画である、とまずは前置きをしつつ、、、。ギターの弦が切れて緊張感が漲る冒頭の素晴らしいオープニングシークエンスにも関わらず、この"施設育ち"の二人の人物造形があまりにも役者の存在感ばかりに頼っているように見えて、なかなか映画に入り込めなかったことをまずは告白しておかなければならない。

二人の"施設育ち"の過去は、そのまま、人物のボキャブラリーの貧困、常識の欠如、社会性の欠如という人生を生きる上でのマイナス要因に転嫁され、ケンタとジュンは、この映画でその宿命を背負わされて生きる。ケンタが言う「世の中には2種類の人間がいる。一つは人生を自分で選べる人。もう一つは選べない人。おれたちは選べない人、、、」というどこかで聞いた事があるようなセリフそれ自体には真理が含まれているのかもしれないが、映画というフィクションの世界で、それをそのまま生きなければいけないわけではないにも関わらず、ケンタとジュンの人物造形がある種の決めつけによって、自ずとその紋切り型の内に不自由に制限されていて、この二人のキャラクターから何かが生起してくるという気配をまるで感じることが出来ない。

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言葉による饒舌を排することで、直感的感覚的表現の優位を確保したかったのかもしれない、その演出上の戦略は、逆に寡黙に発せられた言葉の方が、より強いインパクトを持って映画を支配してしまうという、狙いと逆の効果を結果的に誘発してしまっているように見える。だから、ボキャブラリーの貧しいケンタとジュンから発せられるカヨちゃんに対する「ブス」だの「わきが」だのといったユーモアを込めた軽口程度のつもりだったのかもしれない戯れ言は、より拡大されて侮蔑的な表現として私には伝わってきた。しかも、カヨちゃんを演じる安藤サクラがちっとも「ブス」には見えないので、映画で"語られていること"と映画が"見せているもの"との間に居心地の悪い齟齬を常に生み出しながら映画は勝手に話を進めて行くという印象を受ける。

旅の途中で何人かの日本社会のアウトキャストたちが登場する。解体業を営む"闘犬の男"(小林薫)や知的障害者施設で働く"旧友"洋輔(柄本佑)、洋輔の片目を潰した母親(洞口依子)らと二人は出会うが、ここでも通り一遍の表面的なコミュニケーションが描かれるだけで、登場人物が立体的に描かれる事がない。その中で例外的に、洋輔の片目を潰した母親に対しては、ケンタが「バカやろう!」と並外れた怒声を発するのだが、所詮他人でしかないケンタに、そのような口を利かれなければならない倫理的正当性や感情的な必然性があるとは到底思えない、と内心でフラストレーションを増大させる間もなく、次の瞬間に、その怒声を浴びた洞口依子が、にやりと微笑むという奇怪なシーンに出会ってしまう。多くの納得しかねるディテールの中に、こうした形容し難い不思議な力に満ちた驚くべき瞬間がこの映画には存在している。大森監督は"観客"を安全な椅子にリラックして座らせるための映画だけは作るまい、と固く決意したかのような悪意すら画面に漲らせているのだから、一筋縄では行かない。

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もっとも、"ケンタとジュン"に乗り切れずにいる私をこの映画に惹き付けたのは、洞口依子が最初ではなく、映画の序盤に登場し、あっさりと二人に捨てられてしまうカヨちゃん(安藤サクラ)の存在だった。ケンタとジュンに最初から最後までないがしろにされたカヨちゃんの強烈な存在感は、カヨちゃんが不在の間も私をこの映画に引き留めた。彼女が登場するだけで、映画に"生気"が宿り、画面が鮮やかに動き出す。カヨちゃんは、映画の序盤に登場し、あっさり捨てられたかと思うと、終盤になってこれといった脈絡もなしに再登場し、それからは映画を最後まで支配し続けた。安藤サクラの声の大きさと漲る生命力であれば、カネフスキーの映画の中でも主役をはれるに違いない、そう思わせる女優は、現在の日本映画界では彼女をおいて他に知らない。

そして、もう一人、この映画を救った三人目の女性がいる。それは、エンディングのテーマ曲を歌う阿部芙蓉美。岡林信康が40年前に作ったこの曲を大友良英が秀逸なアレンジで現代に甦らせ、映画の最後の最後で"観客"に刃を突きつける。大森監督が最後の最後で解き放った"カタルシス"が、その歌詞の苛烈さとは裏腹に、監督が唯一見せた"優しさ"だったように思ったのは、ここで言及した"観客"とは、大森立嗣監督その人自身だったのではないかと思い至ったからだった。


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『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』

6月12日(土)新宿ピカデリー、渋谷ユーロスペース、池袋テアトルダイヤ他にて全国ロードショー

監督:大森立嗣
撮影:大塚亮
録音:加藤大和
美術:杉本亮
編集:普嶋信一
衣装:伊賀大介
音楽:大友良英
出演:松田翔太、高良健吾、安藤サクラ、宮崎将、柄本佑、洞口依子、多部未華子、美保純、山本政志、新井浩文、小林薫、柄本明

2010年/日本/131分/カラー/アメリカンビスタ/35mm/DTSステレオ
配給:リトルモア

© 2010 「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」製作委員会

『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』
オフィシャルサイト
http://www.kjk-movie.jp/
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