「松嶋 × 町山 リアル!未公開映画祭」

『ビン・ラディンを探せ!〜スパーロックがテロ最前線に突撃!〜』
上原輝樹
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『スーパーサイズ・ミー』で、マクドナルドを食べまくって自分の命を危険にさらしたモーガン・スパーロック監督が、愛妻との間に産まれようとしている第一子の為に、より安全な世の中にするにはどうしたら良いかと思案した結果、今度は、あのビン・ラディンを探すという命知らずの旅にでることに、、、。

命知らずという表現が、あながち誇張ではないことが、映画を観て行くうちに分かる。基礎体力の強化訓練、幾つもの予防接種、殺されない為の護身術、誘拐されたときの対応術といったハードな準備を見ている内に、生まれてくる子どもの為には、まずはスパーロック自身が無事でいることが何よりも大事、この映画の企画自体がとりあえず一番危険なのでは?という気にもなってくる。

そんなスパーロック監督だが、まずはイスラム原理主義の生みの親とも言われるアイマン・ザワーヒリーの実在する叔父の家を訪ねてエジプトへと旅立つ。ザワーヒリーの叔父宅に招かれ、今、ビン・ラディンはどこにいますか?と聞く辺りは、スパーロックの想定内の芸風だが、次に彼は、エジプトの首都カイロの街頭へ出て、一般のエジプト人や学生達の声に耳を傾けていく。彼らからは、当然のことながら、アメリカに対する反感の言葉が発せられるが、彼らの意見はそうしたステレオタイプな発言ばかりではなく、ビン・ラディンのようなテロリストはほんの一握りの人間で大多数の一般人を一緒にしないでほしい、とか、貧困がそのようなテロリストを生み出す元凶なんだ、とか、ムバラク政権下で行われている選挙は不正なもので、エジプトが民主主義国家だなんてことは嘘っぱちだ、といった多様な人々の生の声を掬い上げていく。そこから見えてきたのは、親米政権といわれるエジプト、ムバラク政権がアメリカから巨額の資金援助を受けて、機動隊や武器を用いて反対派を弾圧した事、その結果選挙に勝ち続け、二十年以上もの長期政権を維持してきたことに対する一般の人々の怒りや諦念だった。スパーロックは、冷戦時代にCIAが、イラクのサダム・フセインを自国の利益のために利用した事実などに遡りながら、アメリカ合衆国が如何に自国の"自由と民主主義"を守るために見境無く他国の権力者たちを手懐けてきたかを、マイケル・ムーアよろしく、辛辣なアニメーション仕立てで描いていく。そもそも、対テロ戦争が宣言されて以来、テロの発生件数は増え続け、発生箇所も広がり続けており、テロは勝ち続けているのだという数字も示される。世の中をより安全な場所にしたいと思いビン・ラディンのようなテロリストを排除すれば良いのだと思って世界に旅立ったアメリカ人スパーロックが命がけの取材で学びつつあるのは、一般民衆を苦しませている腐敗した政府を援助し、世界をより平和な場所から遠ざけているのは、彼の母国、アメリカ合衆国の政府だったというアイロニー。

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そうして、スパーロックは、ビン・ラディンを探すという名目で、テロリストを多く育てたと"言われる"モロッコ、アルカイダのジハードの元になっていると"言われる"パレスチナ問題を抱えるイスラエルへ行き、人々と交わり、話を聞いていくと、そこでも、そう"言われて"いたこと、そう思わされていたことが如何に一方的な情報に過ぎなかったかということを学んでいく。スパーロックのビン・ラディンを探す命がけの旅は、さらにヨルダン、サウジアラビア、アフガニスタン、パキスタンへと続き映画は佳境を迎える。

『ビン・ラディンを探せ!』は、スパーロックという命知らずの映画作家の、実に"アメリカン"な逞しいユーモアのセンスに支えられた、現代という時代のアクチュアルな問題を丁寧に検証した真剣勝負にして、心暖まるドキュメンタリー映画である。ソダーバーグの『トラフィック』が、米国政府の"対麻薬戦争"が如何にうまくいかなかったかを描いたのと同様に、本作も、"対テロ戦争"が全くうまく行っていないその現実を告発している。あらゆる"戦争"と呼ばれるものは、何一つ物事を解決していないじゃないか!という実にプラグマティックな怒り。エンドクレジットでかかるエルビス・コステロの「平和と相互理解を求めることの、一体何がそんなにおかしいって言うんだ!」という怒りに満ちた歌声とともに、画面上に映されるスパーロックが今回取材した人々の人懐っこい笑顔の数々に彼のメッセージの全てが象徴的に表現されている。



『カシム・ザ・ドリーム〜チャンピオンになった少年兵〜』
浅井 学
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「ボクシングは、癒しだ」と真顔で語るそのボクサーは、モハメド・アリばりのビックマウスで強がっている訳ではない。幼少時代からウガンダのゲリラ兵士として戦場で暮らし、死の淵を体験し、命令に従って自ら虐殺を行ってきた人間が思わず吐露した言葉だ。

カシム・オウマは、6歳のときに授業中の学校から反政府ゲリラのNRA(国民抵抗軍)に誘拐された。「ここにはママもパパもいない。泣いたら殺す」という言葉を最後に、彼の子ども時代の記憶は途絶えた。学んだのは、銃や爆発物の扱い方と拷問の方法、8歳の時はじめて人を殺し、"立派な兵士"として成長する。

やがてNRAが政権を奪取した後、カシームは軍籍のままボクシングを学び、ウガンダ代表に選抜される。そして、アメリカ遠征時に脱走した。ホームレス状態のカシームは、心あるボクシングジムに世話になり、めきめきと頭角を現し、IBFジュニア・ミドル級チャンピオンまで上り詰める。そして、ようやく故郷ウガンダに帰り錦を飾る。

殺された父の墓標にからだを投だして泣き崩れる一人の若き青年の姿が、民族紛争や政治クーデターによる悲劇が繰り返されるアフリカの現実に重なる。そして、そこには絶望的でありながら、それでも尚、希望を持って困難を乗り越えようとチャレンジする人間の姿が強く映し出されている。



<その他の上映作品>

『ジーザス・キャンプ~アメリカを動かすキリスト教原理主義~』
監督:ハイディ・ユーイング、レイチェル・グラディ
製作スタッフ:ナンシー・ダダック、モーリー・トンプソン
2006年/アメリカ/87分
キリスト教福音宣教会のフィッシャー女史が主催する、子供のサマーキャンプを追う。全米・全世界の福音宣教会信者の家庭から子供たちが参加するキャンプでは、子供たちに原罪を懺悔させ、中絶反対を解き、キリスト教を推進するブッシュを奉っていた。

『ステロイド合衆国~スポーツ大国の副作用~』
監督:クリス・ベル
製作スタッフ:ジム・チャルネッキ
2008年/アメリカ/105分
アーノルド・シュワルツェネガー、ハルク・ホーガン、シルヴェスタ・スタローン等に憧れ、ステロイドを使用し続けている監督自身の兄と弟のエピソード。また、プロスポーツ選手や医療係のエキスパートたちへのステロイドに関するインタビューを通して進行するドキュメンタリー。「ステロイドの使用はアメリカ社会を反映している」という真実を暴く。

『フロウ~水が大企業に独占される!~』
監督:イレーナ・サリーナ
製作スタッフ:スティーヴン・ネメス(『ラスベガスをやっつけろ』)
2008年/アメリカ/93分
日本人なら誰もが当たり前のようにきれいな水が身近にあると思っている。しかし世界に目を向けてみると、8秒ごとに子どもが汚い水を飲んだことで死んでいる...。アメリカの大企業がインドで水を取り込んでびん詰めして売っている、現地の人々は地下水位の低下に悩み訴訟に発展している、などなど、当たり前と思っている水の裏側を追ったドキュメンタリー作品。

『金正日花/キムジョンギリア』
監督:N.C. Heikin
製作スタッフ:ヨン・サン・チョー、デビッド・ノヴァック
2009年/アメリカ・韓国・フランス/75分
地球上で最も隔絶された国である北朝鮮の秘密のベールを取り払う作品。北朝鮮の刑務所を生き抜いた人々のインタビューやプロパガンダ映画の記録映像、日々の生活を描いたオリジナル映像もふんだんに盛り込んでいる。

『クルード~アマゾンの原油流出パニック~』
監督:ジョー・バリンジャー(『メタリカ:真実の瞬間』『ブレアウィッチ2』)
製作スタッフ:ジョン・ケイメン、フランク・スケルマ、ジョー・バリンジャー
2009年/アメリカ/105分
2009年サンダンス映画祭出展作品 審査員賞ノミネート作品 エクアドルの熱帯雨林で起こった「アマゾン・チェルノブイリ」とも呼ばれる石油メジャー・シェブロンによる世界最大級の環境汚染と、それに対する訴訟を追ったドキュメンタリー。

『ジャンデック~謎のミュージシャンの正体を追う~』
監督:チャド・フライドリッヒ
製作スタッフ:チャド・フライドリッヒ、ポール・フェラー
2003年/アメリカ/88分
テキサス州のアシッド・フォーク・シンガー、ジャンデック(ヤンデック)のドキュメンタリー。その経歴が謎に包まれたアーティスト、JANDEKの音楽の素晴らしさを、雑誌編集者やラジオDJの証言とともに伝えた作品。

『ビーイング・ボーン~驚異のアメリカ出産ビジネス~』
監督:アビー・エズスタイン
製作スタッフ:アビー・エズスタイン、パウロ・ネット、エイミー・スロトニック
2008年/アメリカ/87分
アメリカの病院や医療保険のビジネス化によるゆがんだ医療の現状を追う。いかにアメリカの医師が金儲けのために不必要な帝王切開や促進剤を使っているかなど、隠された事実に迫り問題を提起する。


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「松嶋 × 町山 リアル!未公開映画祭」

12月25日(土)より、渋谷アップリンクほか全国順次開催


『ビン・ラディンを探せ!〜スパーロックがテロ最前線に突撃!〜』
原題:Where in the World is Osama Bin Laden?
 
監督:モーガン・スパーロック
製作スタッフ:マット・ランドン、ヴィン セント・マラヴァル、モーガン・ス パーロック

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2008年/アメリカ/93分


『カシム・ザ・ドリーム〜チャンピオンになった少年兵〜』
原題:Kassim The Dream
 
監督:キーフ・デヴィッドソン
製作スタッフ:フォレスト・ウィテカー(『ラスト・キング・オブ・スコットランド』アカデミー賞主演男優賞、『バンテージ・ポイント』)

© BELIEVE MEDIA / URBAN LANDSCAPES PRODUCTIONS 2008 ALL RIGHTS RESERVED

2009年/アメリカ/87分

『リアル!未公開映画祭』サイト
http://www.webdice.jp/realmikoukai/
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