『Another Year』@カンヌ映画国際映画祭2010

クラウディア
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'Life is not always kind'. 登場人物が穏やかに呟いたこのひと言が、鑑賞後に心に染み渡ってゆく。湖に投じられた一石がさざ波となって広がるように。このひと言に凝縮されたメッセージを、マイク・リー監督は四季の移り変わりを通して職人技と言っても良い円熟した手法で描き切り、同監督の最高傑作との声も数多く聞かれるほどの作品に昇華させた。

60歳過ぎとみられる夫婦、地質学者Tomとセラピスト・Gerriを中心に、彼らの30歳前後の息子Joe―すでに独立しているが、ほど良い距離感で両親と親密な関係を保っている―、夫婦それぞれの友人・同僚・親戚など、人々の一見何気ない関わりの中に孤独・愛情・羨望・気持ちの行き違い・生と死等、ほぼ誰もが経験する普遍的なテーマが丁寧に綴られる。なかでも物語の核となるのはTom・Gerri夫妻の家を頻繁すぎるほどに訪ねるGerriのやや年下の職場の友人、Mary。年齢は明示されないが50代前半といったところだろうか。いわゆる「痛い」人である。若づくりで過剰なほど陽気に振舞い、饒舌に自分を語る。アルコールが入ると症状は進み、挙句の果てには息子とまではいかないまでも「甥」に等しいJoeに恋を仕掛けようとまでする。こういう人は実際にけっこういる。たぶんどの国にも。見ていてとにかく痛々しい。Tomの友人にしても然りで、ほとんど過食症、自堕落に肉のついた身体をもて余す。明らかに自分自身のコントロールが効かなくなっている。彼らはせまりくる本格的な老いと、孤独感の中に精神のバランスを崩してゆく。自覚はあるにはあるのだろうが、どうにもできずにもがいている。そんな彼らの一見、受け皿的存在にもみえるのがTomとGerriの夫婦。安定した夫婦・親子の関係を築き、ロンドン北部に家を持ち、友人たちを招いてちょっとした宴を催し、ガーデニングにいそしむ、、といった、人々が一般に家庭に求めるものを体現している存在である。こういった役回りの人物たちは聖人のような人格者に描かれるのが常であるが、そうはしないところがマイク・リー。TomとGerri夫婦にしてもそう誉められたものではない面をきちんと(?)いくつか描きつつ、(他の登場人物もそうであるが)基本的には市井の善人、というあたりで落ち着かせている。よく分かっている、、と少々憎らしく感じられるほどのリー監督の観察力・表現力である。

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リー監督の過去作品の多くと同様に、本作も 'ごく普通の人々'である登場人物たちを優しい視点で見つめているが、優しすぎないリアリティがそこにある。人物描写のみならず、ある程度人生を生きてきた大人なら「あるある、こういうの。。。」と思い当たるシーンが続出する。脚本、構成、どれを取ってもほぼ完璧である。撮影監督も匠の技を遺憾なく発揮している。そして何と言ってもいつものマイク・リー御用達の俳優たちがとにかく素晴らしい。監督の信頼度と呼応するかのように即興も随所にちりばめられている。もちろんスター俳優はいない。が、皆おしなべてとことん芸達者。なかでも特筆すべきはMaryを演じたLesley Manville Joeであろう。MaryがJoeの恋人と初めて対面したシーンでは戸惑いと絶望感を一瞬の絶妙な表情のうちに映し出し、観る者の心を衝いた(彼女は主演女優賞候補の本命でもあった)。

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安定感と貫禄に満ちた作品である。鑑賞後に妙に温かい痛みが残り、何かに感謝したい気持ちに包まれる。エンディングは希望に満ちたハッピーエンドというわけでもないが救いは提示されている。いわゆる下馬評では最後までパルム・ドール(最優秀賞)の呼び声も高かったが、この完成度は新鮮味とは相対するものと言ってもよい。加えてリー監督はすでにパルム・ドール受賞者でもあり(*1996年『秘密と嘘』)、アピチャポン監督のフレッシュさと将来性に軍配が上がったのも頷ける。カンヌ・ヴェネチアの両映画祭で最高賞(*2004年『ヴェラ・ドレイク』)を獲得し、本作でその比類ない力量を惜しげもなく披露してくれたマイク・リー監督、もう'殿堂入り'ということで、今後はあえて「コンペ外」の出品という道を選ぶのもよいのではないだろうか。


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『Another Year』

監督:マイク・リー

2010年/イギリス/129分/カラー

Photo: Simon Mein, Thin Man Films
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