『わたしを離さないで』

鍛冶紀子


カズオ・イシグロの長編小説『わたしを離さないで(原題:Never Let Me Go)』を、ミュージックビデオ監督として20以上ものMTVアワードを受賞し、その作品がニューヨーク近代美術館の常設展示に選出されるなど、MV界のカリスマと呼ばれるマーク・ロマネクが映像化した。静かで美しい作品。

キャシー、ルース、トミーの三人は寄宿学校「ヘールシャム」で共に育った幼なじみ。何ら私たちと変わらないように見える彼らだが、その存在はある明確な理由によってこの世にもたらされた。物語はキャシーの回想として進んでいく。みなで創作活動にいそしんだヘールシャムでの子ども時代、ルースとトミーが恋人同士となったコテージでの日々。そして、ある出来事をきっかけにキャシーはコテージを離れて<介護人>となる。ばらばらになった三人に、やがて再会のときが訪れる──。

三人の再会以降、物語は確かな骨格を表しはじめる。それまで感じてきたかすかな違和感が確かなものとなり、これまでの回想録に含まれていたひとつひとつの意味を私たちは噛みしめる。キャシーの悲しげな瞳の理由を、ルースのどこか怯えた表情の理由を、トミーの隠れた創作活動の理由を。そして、ヘールシャムという場所の意味を。

全てが明らかになってからの一連のシーンがすばらしい。「美しく、皮肉めいたものではない映画をつくりたかった」という監督の言葉通り、観る者の心をストレートに打つ。物語の根底に倫理と道徳の問題こそあれど、これはたしかなラブ・ストーリーだ。キャシーとトミーの固くにぎりあった手が、ガラス越しに見つめ合う二人のまなざしが、愛というものが"人"に与えるやさしさや強さを静かに教えてくれる。キャシーが平原を見つめるラストシーンの余韻は深い。

小説「わたしを離さないで」は多くの読者を持つが、キャリー・マリガン、キーラ・ナイトレイ、アンドリュー・ガーフィールドの起用に異議を唱える者はおそらく少ないだろう。私も小説を読んでから映画を観たのだが、このキャスティングには大いに納得できた。カズオ・イシグロ本人がエグゼクティブ・プロデューサーとして参加していることも、小説の世界観を守ることにつながったのかもしれない。愛読者の方もぜひ。


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『わたしを離さないで』
原題:Never Let Me Go

TIFF 第23回東京国際映画祭【コンペティション】部門上映作品
 
監督:マーク・ロマネク
脚本:アレックス・ガーランド
原作:カズオ・イシグロ
製作:アンドリュー・マクドナルド、アロン・ライヒ
製作総指揮:アレックス・ガーランド、カズオ・イシグロ、テッサ・ロス
撮影:アダム・キンメル
美術:マーク・ディグビー
編集:バーニー・ピリング
共同製作:リチャード・ヒューイット
音楽:レイチェル・ポートマン
音楽総指揮:ランドール・ポスター、ジョージ・ドレイコリアス
出演:キャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド、キーラ・ナイトレイ、シャーロット・ランプリング 

© 2010 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

105分/英語/カラー/35mm/2010年/イギリス=アメリカ
配給:20世紀フォックス映画

『わたしを離さないで』
オフィシャルサイト(英語)
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neverletmego/
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