『その男ヴァン・ダム』

上原輝樹
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本作の監督を努めるのはフランスの新鋭、マブルク・エル・メクリ。若い頃、自分の部屋にジャン=クロード・ヴァン・ダムのポスターを何枚も貼っていたというエピソードからは、あまりの青臭さに気恥ずかしさすら感じてしまうが、どうやらヴァン・ダムという人、日本とヨーロッパでは受け止められ方が少し違うようだ。メクリは、ヴァン・ダムを単なる肉体派アクション・スターではなく、ベルギーというヨーロッパの一国から単身アメリカに乗り込んで成功を掴んだヨーロッパ人の同胞、兄貴分の一人として見ており、その目線は本作でメクリが参照しているアメリカ映画への熱い視線と重なって見える。

映画は、体力的に衰えを見せ始めた48歳の"アクション・スター"ジャン=クロード・ヴァン・ダムの、もはや息が続かない長回しのアクション・シーンから始まり、ピークを過ぎた"アクション・スター"が直面しているキツい状況を実況中継していく。ジョン・ウーをハリウッドに招き、アクション映画に革命を起こした張本人にも関わらず、今や巨匠になったジョン・ウーからは見向きもされない。そのスタイルが時代遅れでビデオストレート作品が続き、ギャラは急降下、復活を期した作品は主役をスティーブン・セガールに奪われてしまう。家庭も崩壊寸前で最愛の娘にも嫌われ、銀行口座は底をついている。そんな折も折、急用で訪れた銀行で強盗に巻き込まれてしまう。ハマりにハマるどん底ぶりが全くのフィクションとは思えないリアルなエピソードで彩られているのが見事。メクリ監督は、この脚本を、「時系列を前後させたり、同じシーンを別の人物の視点から描くといったタランティーノ的な手法や、モノクロの色使いや"失敗する銀行強盗"といった初期ガイ・リッチー的なテーマ」(※1)で小気味良く演出し、観客を物語に引き込むことに成功している。

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もっとも、メクリの本領発揮は、その先にある。本作が最大限にオマージュを捧げる70年代のアメリカ映画『狼たちの午後』(シドニー・ルメット)の"劇場化する銀行強盗"の設定をそのまま拝借、しかも強盗の主犯の人物造形をジョン・カザールそっくりに仕立て上げている。『狼たちの午後』では、気弱でどこかお人好しな雰囲気を漂わせていたジョン・カザールだったが、本作の"そっくりさん"は似て非なる凶暴性を漂わせていて、"アクション・スター"ヴァン・ダムを全く"スター"扱いしようとしない。トリッキーなシチュエーションに放り込まれたヴァン・ダムの動揺が、虚実ないまぜな演出で描かれて行く。映画は、次第にノワール・フィルムの様相を呈していき、本人はもとより観客の顔からも"笑い"が奪われていく。追いつめられたヴァン・ダムは、ついに観客に向かって"魂の告白"をする。

涙すら誘いかねない、この"魂の告白"の、どこまでが真実でどこからがフィクションなのか、ということはもはやどちらでもいいことだ。少なくとも観客は、一人の"俳優"が再生する物語をこの映画で目撃することになるのだから。かつて、処女作の『トレインスポッティング』が世界中で脚光を浴びたスコットランドの小説家アーヴィン・ウェルシュは、50歳になった今、ある雑誌(※2)のインタヴューで以下のように語っている。「10代20代っていうのは、誰の人生でも面白いものだ。自分のアイデンティティを求めて好き放題やる時期だから。それに比べて、30代っていうのは人生を軌道に乗せようと、まっとうにやってる時代。俺に言わせりゃ、面白くも何ともない。それだったら、自分はもう若くないって気付いて、焦って変なことをやりだす40代のほうが、よっぽど面白い。」『その男ヴァン・ダム』は、弟分メクリ監督から、ヴァン・ダム本人を含む、全ての焦りまくる40代の諸兄、そして、アメリカのクライム・アクション映画に捧げられた情感豊かな兄弟愛のオマージュだ。


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『その男ヴァン・ダム』
JCVD

12月27日(土)シネマライズ他にて全国順次公開

監督・脚本:マブルク・エル・メクリ
撮影監督:ピエール=イブ・バスタール
美術:アンドレ・フォンスニィ
セット:フランソワ・ディックス
衣装:ユリ・シモン
編集:カコ・ケルバ
音楽:ガスト・ワルツィング
製作総指揮:ジャン=クロード・ヴァン・ダム 他
製作:シドニー・デュマ 他
出演:ジャン=クロード・ヴァン・ダム、フランソワ・ダミアン、ジネディーヌ・スアレム、カリム・ベルカドラ 他

2008年/ベルギー、ルクセンブルク、フランス/96分/DOLBY DIGITAL/1:2.35/カラー
配給:アスミック・エース
© 2008 GAUMONT-SAMSA FILM

『その男ヴァン・ダム』
オフィシャルサイト
http://vandamme.asmik-ace.co.jp/























※1
film comment ( film society of Lincoln center ) vol. 44/ number 6: Evan Davis




































※2
HUGE(講談社)2009年1月号
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