『魔女と呼ばれた少女』

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過酷な戦渦を生きる少女が紡ぐ、美しくも哀しい幻想譚
star.gifstar.gifstar.gifstar.gif 親盛ちかよ

14歳で子供を宿したヒロインのコモナ(ラシェル・ムワンザ)が、静かなフランス語でお腹の子に語りかける。12歳から現在までのコモナの想像を絶する体験が時間を遡って一人称で語られるこの映画は、「戦争」と「子ども」という惨たらしい組み合わせの現実を、ファンタジスタの新鋭キム・グエン監督が神秘的な色彩を帯びた視点で描く、映画作家の個性が際立つ作品だ。

10年間の構想を経て2011年、未だ紛争が続くコンゴ民主共和国でのオールロケを実行したというのだから、監督の思いの丈を窺い知ることができる。撮影を行ったキンシャサは危険地域で、武装した市民軍に協力を得て撮影に臨んだのだという。実際に母親に捨てられ路上で生活していたラシェル・ムワンザを主役に抜擢し、アフリカ女性で初めて、トライベッカ映画祭とベルリン国際映画祭で主演女優賞を受賞、本作自体は、アカデミー外国語映画賞にもノミネートされた。母国コンゴにシンデレラ誕生の希望を与えた功績は大きいのではないかと思う。

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「私はコモナ。14歳。」というモノローグが流れる中、2年前の情景が映し出される。湖の岸辺の長閑な集落で、あどけない表情のコモナが母親に縮れ毛を編まれながら、うつらうつらしているところへ、反政府軍がボートで現れ、乾いた銃声を響かせながら侵攻してくる。コモナは捕まり、実際に多くの子ども兵がさせられるように、イニシエーションとして両親を殺害するという局面に立たされる。銃殺しなければナタでなぶり殺すと脅され、泣きながら両親にライフルを向けるコモナ。死にゆく両親は、娘に「お前は生きろ」と呼びかける。命を保つことの貪欲さ、幸せや希望を見いだすこと以前に、生き延びるための戦いがここにはある。

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そうしてコモナは反政府軍の兵士となる。
心身共に拠り所を奪われ、虐待され、訓練では容赦なく体罰を浴びせられ、洗脳され、麻薬作用のある樹液を飲まされる、子どもはいっぱしの兵士に育て上げられる。ろくな食べ物も与えられず過酷な毎日が繰り返される。

そんな中、マジカルミルクを飲み朦朧としたコモナは全身を白く塗った目の無い亡霊を見るようになる。このおっとりした動きの亡霊の世界は、ファンタジスタの監督ならではの巧みさで、幻想性を強くまとった白昼夢のように描写され、厳しい現実と亡霊たちの世界が、呆然とした顔つきのコモナと伴に美しく織りなされる。両親も亡霊として現れては危険を知らせてくれるようになる。

やがて、どんな戦いにも生延びるコモナは魔女と呼ばれるようになり、反政府軍を率いるグレートタイガー(ミジンガ・ムウィンガ)の勝利の女神としての役割を担うようになるのだが、拉致された当初からコモナを気遣っていたアルビノのマジシャン(セルジュ・カニンダ)に導かれて反政府軍から命がけの脱出を謀る。

逃避行の途中でマジシャンがアルビノの村を訪れるシーンがある。アルビノが、先天的なメラニン欠乏による遺伝子疾患であることは知られているが、アフリカの一部の地域では、アルビノの体に神秘な力が宿ると伝統的に信じられており、アルビノの頭や肢体を刈り焼いて祈祷するという大量虐殺の惨劇が続いているため、今でも武装兵で保護されたアルビノの村が存在するのだという。この映画でアルビノの彼が、マジシャンと命名されているのも、そうした事情を踏まえてのことだろう。

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コモナとマジシャンはゴム長靴を盗んだサンダルに履き替え普通の生活を生きようとする。普段着に着替えた2人はもはや子ども以外の何者でもなく、周りの大人にからかわれながら、すさんだ心を癒していく。3人乗りバイクのシーンでは、流れてゆく背景の疾走感の中、コモナを後ろからそっと抱き寄せるマジシャンのゆったりとした動きが、愛を見つけた彼の満ち足りた安堵感を見事に表している。

挿入曲はアンゴラのミュージシャンのオムニバス・アルバム「Angola 72/74」が全編を通して使われているが、乾いた大地を感じさせるアフリカン・チャントが、ポルトガル占領下にあったアンゴラという土地柄か、時にボサノバ的なアップビートを刻んで独特な世界観をフィルムに与えており、このシーンでも軽快な音楽が幸福感を醸し出す2人に寄り添っている。この映画の性格上、このままでは終わらないことを半ば感じとっている観客としては、少しでも長くこの幸せが続くことを、祈るように見守るばかりだ。

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コモナが語りかけていたお腹の赤ちゃんを産む映画の終盤、その新しい命の煌めきを胸に抱くとき、画面に溢れる光は息を飲むほどに美しく、作中に映し出されてきた苦しみや死を圧倒する輝きを放つ。この短い場面、そしてそれに続く人々の優しさに、「お前は生きろ」とコモナに想いを託した者たちの祈りが、コモナの心に届きつつあることを感じさせてくれる。


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『魔女と呼ばれた少女』
原題:Rebelle

3月9日(土)より、シネマート新宿ほか全国順次公開
 
監督・脚本:キム・グエン
出演:ラシェル・ムワンザ、セルジュ・カニンダ、アラン・バスティアン、ラルフ・プロスペール、ミジンガ・グウィンザ

(c) 2012 Productions KOMONA inc.

2012年/カナダ/カラー/シネマスコープ/90分
配給:彩プロ

『魔女と呼ばれた少女』
オフィシャルサイト
http://majo.ayapro.ne.jp/
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