『ニューヨーク、恋人たちの2日間』

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カウンターカルチャーの夢がNYの日常に賑やかに息づく、
デルピー版艶笑喜劇 
star.gifstar.gifstar.gifstar_half.gif 上原輝樹

ジュリー・デルピーのプレイングマネジャーとしての躍進ぶりが目覚ましい。舞台俳優である父(アルベール・デルピー)と母(マリー・ピレ)を両親に持つ彼女は、5歳のときには既に舞台に立っていたというが、14歳のときに『ゴダールの探偵』(85)に出演、その翌年にはカラックスの『汚れた血』(86)、更にその翌年には『ゴダールのリア王』(87)で、ソリが合わなかったと噂されるカラックスと共演をさせられており(『恋人までの距離』(95)でデルピーの知名度を世界的に広めたリンクレイターほどではないにせよ)、早くから然るべき人々の注目を集めたという意味でゴダールの果たした役割は決して小さくなかったに違いない。

その"恩義"を、フォアグラの食べ過ぎで太り過ぎてしまった愛猫に"ジャン=リュック"という名前を付け、6年前の前作『パリ、恋人たちの2日間』(07)に登場させることで返したというわけではないだろうが、彼女を見出した巨匠への、デルピーらしい皮肉まじりの愛情表現と思えないこともない。その"ジャン=リュック"は、『パリ、恋人たちの2日間』の続編である本作『ニューヨーク、恋人たちの2日間』でも丸々と太った姿を見せてくれている。しかし、前作『パリ、~』で様々な感情が胸に去来する感動的な最後を迎えたカップルは、もうここには存在しない。6年後の今では、ジャック(アダム・ゴールドバーグ)の遺伝子が息子へと確かに受け継がれていたことを、あるモノを通じて確認できるばかりだ。

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映画は、アルノー・デプレシャンの複雑怪奇な家族の群像劇『クリスマス・ストーリー』(08)の語りのスタイルよろしく、子どもに夫婦の歴史を伝える"人形劇"が続編の始まりを告げる。マリオン(ジュリー・デルピー)は今作でも、下ネタ全開、フルスロットルで飛ばしてくる。『パリ、~』、そして『スカイラブ』(10)を観ている観客ならば既にお馴染みの、デルピー的フランス女性の"率直さ"、"左翼知識人的言動"、"人騒がせ"、"喧嘩早さ"、"あつかましさ"といった美点は、本作においても最高のユーモアと共に豊かに息づいており、前作同様、まずはこの点が本シリーズ最大の魅力といって良い。

前作でお役御免となったジャックに代わって、本作でマリオンの恩寵(?)を授かるミンガス(クリス・ロック)は、ラジオのDJやニューヨークの老舗フリーペーパー "VILLAGE VOICE" などで活躍する人気者だが、やや神経質な潔癖性的気質が元カレのジャックと共通しており、ウディ・アレン的ニューヨーカーのカウンターカルチャー版とでも言うべき人物造形が成されている。クリス・ロックは、秀作ドキュメンタリー『映画と恋とウディ・アレン』(11)にも出演していて、数十年に渡って第一線で活躍を続けるアレンへの敬愛の念を驚きの表情と共に語ったが、本作におけるクリス・ロックとジュリー・デルピーの掛け合いもなかなか素晴らしい。とはいえ、前作のジャックとの関係がロマンティックなものだったのに対して、子どもが出来て、家族が増えた今作では、ロマンスは薄れ、コメディの要素が増している。舞台は、ロマンスのパリから、コメディのニューヨークへと移り、登場人物たちは数年分リアルに歳をとっているのだ。

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デルピーと、誰が見ても"不愉快な男"マニュを演じるアレックス・ナオン、恐らくは、そこにアレクシア・ランドーも加わって、作られた台詞は、良く練られた上でいずれも適切な短さに収まっており、映画全体に軽快なリズムを生んでいる。その一方で、デルピー組の愛すべき常連パパ、アルベール・デルピーをフィーチャーした場面では、やり過ぎたり、冗長に思える場面がないわけではない。しかし、そうした場面を敢えて残したジュリー・デルピーの不完全さは、むしろ、彼女の父親に対する深い愛情を思わせ、デルピー的主人公の"率直さ"を補完しているとさえ言えるかもしれない。何しろ、この舞台俳優である父親は、「THE NEW YORKER」に掲載されているデルピーへのインタヴュー記事によると、舞台で女装した姿を僅か9歳の彼女に見せており、家でもルールや役割といったスクエアな決め事は皆無で、全てがあまりにも自由だったという。そんな自らの家庭環境を笑って振り返るデルピーのことだから、マリオンの"率直さ"はデルピー自身の一面がある程度投影されたものと見て差し支えないだろう。

しかも、デルピーの母親であるマリー・ピレは、1971年、デルピーが僅か2歳の時に、『パリ、〜』で母親役を演じたマリー・ピレ自らも語ったように、ボーヴォワールによって書かれた、女性の自由意志による中絶の権利を要求する「343人の宣言/"Le Manifeste des 343 Salopes" (The Manifesto of 343 Sluts)」に、マルグリット・デュラス、フランソワーズ・サガン、カトリーヌ・ドヌーヴ、ジャンヌ・モローらと共に署名をしている、これまた筋金入りのフェミニストのひとりなのであって、デルピーがゴダールやカラックス、ジャン・ピエール=リモザン、フォルカー・シュレンドルフといった名匠たちと出会う前から、喧噪にまみれた賑やかな日常を過ごしていたことが窺い知れる。(デルピーは、2009年に他界した母親へのオマージュを込めて、半自伝的作品『スカイラブ』で母親をモデルにした役柄アンを自ら演じている。)この"賑やかさ"こそが、デルピーの監督作品に共通する資質であり、その賑やかな日常には、至極当然の流れで政治に関する話題が登場しては、時には家族間の不和を露わにし(『スカイラブ』における右派と左派)、時には人種、国境を超えて連帯の可能性を仄めかせる(本作におけるバラク・オバマ)。

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そして、もう一人の型破りな娘である、妹のローズ(アレクシア・ランドー)は、前作で明かされなかった"露出狂"の本性を剥き出しにしており、喜ばしくも艶やかな混乱を本作に招き入れている。前作では、それほど深堀りされなかった姉妹の関係が、本作では大いに開拓されており、ロマンスが減じた分、艶笑喜劇的な愉快、痛快なシーンが増えている。サラリと露出したお尻と脚でアパートメントの隣人医師(ディラン・ベイカー)の目を釘付けにしたり、ジャックとの間に出来た子どもルル(オーウェン・シップマン)は少し知恵遅れではないかとあらぬ嫌疑を掛けてマリオンのイライラを爆発させたり、ミンガスが尊敬するオバマ大統領への待望のインタヴューの機会を台無しにしたり、マリオンの"率直さ"の魅力に次いで、"人騒がせ"なローズが幾多の痛快な見所を提供してくれている。

しかし、ヴィンセント・ギャロの登場が、ほとんどオマケのようなものにしか見えないのは、今作の脚本における最大の謎と言っていいかもしれない。白い着ぐるみを着たルルを"KKK"呼ばわりして「白人至上主義、万歳!」とクリス・ロックに叫ばせたり、家族の食卓で下ネタ満載の"姉妹喧嘩"を勃発させて抜けの良い悪趣味を炸裂させたり、軽妙なリズムで繰り出される気の利いた台詞の数々に、ジュリー・デルピーのストーリーテラーとしての到達点の高さを見る思いがするが、"魂"を売りものにするというコンセプチュアル・アートの発想に家族の面々が相乗りしてくるところまでは快調に飛ばして行くものの、ギャロ登場以降の展開は尻すぼみに終わった印象を拭えない。『ニューヨーク、恋人たちの2日間』が限りなく、ウディ・アレンの喜劇が持つリズムと洗練を想起させながらも、一方でベルイマンに憧れを抱きながら悲劇を創ろうとしたが創れなかったと語る、アレンの複雑さをデルピーも共有しているに違いない。いずれにしても、全ての作品を観たいと思わせる映画作家の新作である、2 DAYSシリーズの更なる続編を期待したい。

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『ニューヨーク、恋人たちの2日間』
英題:2 DAYS IN NEW YORK

7月27日(土)より、ヒューマントラスト有楽町&渋谷ほか、全国順次ロードショー
 
監督:ジュリーデルピー
脚本:ジュリー・デルピー、アレクシア・ランドー
原案:ジュリー・デルピー、アレクシア・ランドー、アレックス・ナオン
音楽:ジュリーデルピー
編曲:ジャン=ミシェル・ザネッティ
撮影:ルポーミール・バックチェフ
美術:ジョディ・リー
衣装:レベッカ・ホファー
編集:イザベル・ドゥヴァンク、クリストフ・マゾディエ、スコット・フランクリン、ジュリー・デルピー、ウルフ、イスラエル、ユベール・トワン、ジャン=ジャック・ネイラ
製作総指揮:ヘルゲ・サッセ、マティアス・トリーブル
出演:クリス・ロック、ジュリー・デルピー、アルベール・デルピー、アレクシア・ランドー、アレックス・ナオン、ケイト・バートン、ディラン・ベイカー、ダニエル・ブリュール、ターレン・ライリー、オーウェン・シップマン、マリンダ・ウィリアムズ、ヴィンセント・ギャロ

© Polaris Film Production & Finance, Senator Film, Saga Film, Tempete sous un Crane Production, Alvy Productions, In Production, TDY Filmproduktion - 2012All rights reserved.

2012年/フランス・ドイツ・ベルギー合作/95分/ビスタサイズ/デジタル5.1ch
配給:アルバトロス・フィルム

『ニューヨーク、恋人たちの2日間』
オフィシャルサイト
http://newyork-2days.com/
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