『私が靴を愛するワケ』

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ピンヒールが支えているものは? 
star.gifstar.gifstar_half.gif 親盛ちかよ

靴が嫌いな女性なんているのかしら?靴に特別思い入れのないつもりの私にも、歩き辛いのを承知で買ってしまった靴が数足あるし、そんな靴に限って履いてみると本当に素敵だから無理をしてでも頻繁に足を通す羽目になる。

このドキュメンタリーを観ると、そんな靴と女性の複雑で魅惑的な関係がみえてくる。ここ数十年で「靴」のステイタスは劇的な飛躍を遂げ、素材もデザインも、そして価格もかつてない領域に到達した。靴に大枚を叩くのも、もう当たり前のことになった。かつては、文化的生活に必要な衣・食・住を構成する、ひとつのアイテムに過ぎなかった「靴」は、今や着こなしの最後に選ぶジュエリーのような存在感をもつ。ファッションの要として、装いのトーンを決める最も重要なアクセサリー。

特に、HBO放映の連続テレビドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」のヒットにより、主人公キャリー(サラ・ジェシカ・パーカー)の靴狂ぶりが公然に好ましいものとして受け入れられると、それまで靴に散財する女性が抱いていた罪悪感はさっぱりと断ち切られ、靴は洋服に匹敵する「シュークローゼット」という居住区をも与えられ、コレクションの対象となりえる立場を正々堂々と獲得した。

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では、なぜ私達はそこまで靴を求めるようになったのか?「あの靴が欲しい」という漠然とした欲求はどこからくるのか?世界各国の、靴産業の最先端をリードするプロフェッショナル達を訪ね、何百時間もの時間を取材に費やし、その答えを探求したのが本作である。

靴が好きな人であれば、クリスチャン・ルブタンやマノロ・ブラニクが、自分の仕事場で「靴」について語るのを観るだけで、この作品の価値を見出すかもしれない。プロの仕事場というのはジャンルを問わず魅力的で、その現場を垣間みる楽しみもある。ピエール・アルディ、ロジェ・ヴィヴィエ、ウォルター・ステイガーといったスターデザイナーが次々と登場し、靴のデザイン画が貼りめぐらされた壁を背景に靴に対する情熱を語る。何においてもデザインの基本は機能することであり、身体と歩行を支えるヒールの接続部にはもはや建築レベルのデザイン力が要求されるのだという。それを聞いて、今春流行のクリアーなウェッジソールの接続部はいったいどのように作られているのだろうと俄に興味が湧いた。

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洋服と違って、靴はサイズの大小に関わらず誰でも美しく履くことができるアイテムだからこそ、体重をしっかりと支えながら羽のように軽い足元を演出する技術が女子にもてはやされるのも当然というもの。

この作品に登場するのはデザイナーだけではない。靴好きのセレブリティが多種多様な美しい靴を収納した自らのシュークローゼットを披露し、ファッション歴史家、編集者、心理学者、セックスの専門家、靴フェチといった広範囲にわたる専門家(?)が靴についてコメントを寄せている。

足や靴に対するフェティシズムは、その歴史の長さ故か、靴産業の立役者たちの間で確固とした市民権を得ている。靴のセクシュアルなプロダクトとしての認知度も高い。確かに、つま先部分のトップラインが浅いパンプスが登場した当初は、足指の付け根が露わになるデザインに気恥ずかしさを覚えた。爪先と踵だけ露出しているブーツなどもその類い。本来なら隠されている部位を敢えて露出させたり、高いヒールの靴で歩いたりすることに、女性はささやかなセクシュアリティを感じているのかもしれない。

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ここまで包括的に「靴」について掘り下げたドキュメンタリーが製作されることになった背景には、女性たちの靴の購買意欲が世界経済にインパクトを与える規模に膨れ上がっている事実がある。アメリカの靴産業の市場規模は年間実に400億ドルにも上り、その6割を婦人靴の売上が占める。パリやミラノでも同様に靴産業の規模は大きい。不況時にあっても、女性は靴を買うことをやめないという。

2、3足の合計が住居の月額賃料と変わらない金額になるデザイナーシューズを買うことができる、経済的に自立した女性が増えたことも、靴産業の売上の伸びに繋がっていることは間違いない。女性も男性と肩を並べて社会で活躍する今になって、男女の別を際立たせるハイヒールがこれまでに増して好まれるのは、一方では女らしさを死守したい女性たちの意識の解放に靴が一役かっているからなのか。あるいは、ただ単純に、姿が美しい美術品のような靴を所有する喜びを、頑張っている自分へのご褒美としているからなのか。

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華奢で長くて優雅なピンヒールが支えているもの。
それは、2本の脚だけではなく、パンツスーツに隠れているセクシュアリティや、権力の顕示欲、心の奥底に秘めた官能、そして世界経済まで、多種多様だ。映画を観終わった後、いつも私の靴に異常な興味を示す足フェチの友達を誘って、この作品で最もセクシーだと定義されていたタイプの靴を探しに行くのも面白いかも、なんて気分になった。


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Comment(1)

Posted by 林麟太郎 | 2013.05.13

スラリとして美しく、匂い立つような気品に包まれ、それでいて、とてつもなくセクシーな、ピンヒール。
『私が靴を愛するワケ』は、ピンヒールの偉大さを教えてくれる映画だ。戦後のアメリカでブレークした理由や、世界の女性に絶大な人気を博するようになった経緯、「現代の纏足」どころか、実は女性の地位向上に絶大な役割を果たしていることなど、知られざる事実が次々に明かされ、目からウロコが落ちまくり。脳内で「へー!」とか「ほー!」とか「なっとく~!」を連発の、もの凄く面白いドキュメンタリー映画だった。

そうした「知られざる事実」は、実は監督自身も当初は知らなかったという。きっと、製作者自身の発見や驚きが原動力となっているからこそ、ドキュメンタリーとして面白いのだろう。

ただ、テーマはピンヒールに絞り込まれているのに、ポスターやパンフレットでは、婦人靴一般についての映画であるかのような文言が並ぶ。事実、この映画の構成には、そのように紹介されてもやむをえない部分が確かにある。監督自身が当初はテーマを「ピンヒール」に絞りきれてなかったからかもしれないが、折角の鋭い狙いが、散漫になった印象を与えるのが惜しまれる。

また、映画の最後の方に、数人の登場人物が"God save my shoes"という文言を口にする。字幕では「私の靴を救って」といった風に訳されていたと記憶するが、「私の靴を救って」では何のことかさっぱりわからない。 帰宅後調べたら"God save the king!"で「国王陛下ばんざい!」という意味になるそうな。それなら"God save my shoes"は「ハイヒール万歳」とでもなるのだろうか。"God save my shoes"は、本作品の原題にもなっているキーワードなのだから、翻訳に当たっては、もう少しプロらしい配慮が欲しかった。

なお、映画に出てくる(そしてパンフレットにも記載されている)"Beta" Shoe Museumは、"Bata" Shoe Museumの誤り(…ウソと思うなら、ネットで検索してみてね。それにしても、何でこんな間違いが?)。

『私が靴を愛するワケ』
原題:God Save My Shoes

5月11日(土)、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
 
監督・脚本:ジュリー・ベナスラ
プロデュース:ティエリ・ダヘール
撮影:ベアトリス・ミズラヒ、ピエロ・コロンナ
編集:キャサリン・ペイックス、ジャック・テリエン
音楽:エリオット・カールソン 
出演:アン・ユゴー、ベス・シャック、ブルーノ・フリゾーニ、カロリーヌ・ド・ファイエット、クリスチャン・ルブタン、ディタ・フォン・ティース、フィリッパ・フィノ、ファーギー、ケリー・ローランド、ロラン・ジロー、マノロ・ブラニク、マリー=アニエス・ジロー、ピエール・アルディ、ロベール・クレジュリー、セルジュ・エフェス、ソフィー・ブラムリー、ウォルター・ステイガー

© Caid Productions, Inc. All rights reserved./©Mattel, Inc.

2011年/フランス・アメリカ/70分/カラー/デジタル
配給:アルシネテラン

『私が靴を愛するワケ』
オフィシャルサイト
http://www.alcine-terran.com/
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