『8月の家族たち』

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厄介な家族の肖像、
あるいは、オクラホマ州オセージ郡の呪い
star.gifstar.gifstar.gifstar.gif 親盛ちかよ

「人生はとても長い」、ウェストン家の父親ベバリー(サム・シェパード)の乾いた声で始まるこの作品は、アメリカ中西部のオクラハマ州、オセージ郡を舞台としている。原作・脚本は、舞台や映画で活躍する奇才トレイシー・レッツ。2008年トニー賞演劇作品賞、並びにピュリッツァー賞戯曲部門をW受賞した舞台「August : Osage County」を映画化したものだ。監督は、テレビドラマの世界で活躍しながら、リーマンショック後のアメリカを描いた『カンパニー・メン』(10)で長編映画デヴューを果たしたベテラン、ジョン・ウェルズである。

俳優陣は、メリル・ストリープの提案でオクラホマにコンドミニアムを借り、撮影前からそこで一緒に生活することで家族としての関係を構築したという。そのことが、スクリーンでの自然な演技を引き出すことに貢献したことは想像に難くない。撮影は、ホクラホマの一軒家を買取り、5室ものベッドルームがある実際のファームハウスで行われた。何マイルも続くヘイフィールド、砂に洗われ色を失いつつある壁、夕刻に飛び立つ鳥の群れ、8月の暑さに滲み出る汗、画面を彩る光の質、カンザス国境に近いオクラホマの景観が、3時間の舞台を2時間に圧縮した濃密な人間ドラマに深みと広がりを生んでいる。

穏やかで、口数の少ない詩人、そしてアルコール依存症であるらしいベバリーは、辛辣で口うるさい妻バイオレット(メリル・ストリープ)に耐えかねている。ベバリーは、ネイティブ・アメリカンのジョナ(ミスティ・アッパム)を面接して家政婦として雇った後、ふらりと出かけ帰らぬ人となってしまう。喉頭がんを煩い、薬を大量に服用しているバイオレットは、容赦のない毒舌家であることに加え、薬の副作用で感情の起伏が極端に激しい。長女のバーバラ(ジュリア・ロバーツ)は、夫のビル(ユアン・マクレガー)との仲も芳しくなく、反抗期の一人娘ジーン(アビゲイル・ブレスリン)をもてあましている。実家に帰った彼女は、帰るなり長女として采配をふるおうとするが、家に留まり母親の面倒を看てきた次女アイビー(ジュリアン・ニコルソン)や、フロリダに住み自由奔放な人生を送っている末娘カレン(ジュリエット・ルイス)との関係を順調に運ぼうにも一筋縄ではいかない。

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メリル・ストリープとジュリア・ロバーツというアメリカの2大女優が演じる、過激な親子の肖像は、際立った特徴を持ちながらも現実味がある。メリル・ストリープは、『ダウト』(08)、『マーガレット・サッチャー鉄の女の涙』(11)に続いてまたしても強烈な個性のある役柄を鬼気迫る迫力で演じ、対するジュリア・ロバーツは、ほぼスッピンで、かつての"オール・アメリカン"な魅力の中にも母譲りの辛辣さとしたたかさを滲ませながら、中年を迎えて屈折するかつての優等生を好演している。ベバリー失踪の報せに、実家を離れていた子供たちだけではなく、バイオレット同様辛辣ながら、より素朴な印象の叔母マティ・フェイ(マーゴ・マーティンデイル)とその夫チャールズ(クリス・クーパー)、ふたりの息子リトル・チャールズ(ベネディクト・カンバーバッチ)も駆けつけてくる。これまでふたりで暮らしていた家に十名もの家族が顔を揃えるのである。

ベバリーの葬儀の後、家族がテーブルにつくシーンが見物だ。過去になにかしらわだかまりのあるメンバーが久方ぶりに夕食の席に集まる。久方振りの会話はいつしか皮肉に満ちた言い争いに変じ、やがて過熱して、物理的な肉弾戦にまで発展する。バーバラが母親を組み伏せて、薬を取り上げ、「今は、私がこの家を仕切っているのよ!」と勝ち名乗りを上げる。口喧嘩の内容が、余りにも辛辣かつ過酷で却って笑ってしまうが、同時にいたたまれない気持ちがこみ上げてくる。他人同士なら抑制する感情が、家族に対しては剥き出しになる。人としての弱さが甲冑をまとうことはなく、遠慮のない発言に誰もが大いに傷つくさまは、程度の差はあれ、どんな人でも経験したことがあるに違いない「家族」のリアルな一面を見る思いがする。

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大騒動のディナーの席に座る面々のなかでも、穏やかな気質の叔父チャールズは、ベバリーを慕っていて彼の死にショックを隠せない。自らの息子リトル・チャールズを大切に思う心根の優しさも、ウェストン家では異質な輝きを放っている。口数の少ないキャラクターだが、クリス・クーパーという俳優の包容力をありありと感じさせる。シャーロック・ホームズの印象が強烈なカンバーバッチが、実に見事に演じている所在無さげにメソメソするリトル・チャールズにも心を奪われる。葬儀に遅れたことを悔やむリトル・チャールズを、父のチャールズが擁護するシーンに、思わず涙が、、。後に発覚する秘密を知ると余計に、この父子の関係には心を動かされるものがある。

どの家族にも、語られない過去や、特定の家族にだけ明かす秘密があり、観客が登場人物の関係性を探る間に、スクリーンの家族間でも誰が何を知っているのかというミステリーを紐解く作業が行われていく。血の繋がりは、絆をもたらしながらも、かくも厄介なものだ。

ホクラホマは、19世紀に米国で制定された「インディアン移住法」により、他州のネイティブ・アメリカンが強制的に移住させられた州である。最もネイティブ・アメリカン保留地の多い州のひとつで、後続ながらも数では圧倒的に優勢なアングロサクソンと、ネイティブ・アメリカンが占めるこの土地の様相は、アメリカという国の成り立ちを色濃く感じさせる。"家族"の問題を凝縮したかのような本作の登場人物たちは、実はオクラホマに追いやられ閉じ込められた先人の呪いに束縛されているかのようだ。家政婦として雇われたネイティブ・アメリカンのジェナは、この土地にあって、人種差別的発言をはばからないバイオレットの悪態を意に介さず、嵐のように荒れ狂う感情の渦のなかで、着々と日々の食事を準備しては食卓に並べる。彼女は、いかにもこの土地に根ざした「主」の落ち着きで、ただひとり、騒ぎを静観している。

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葬儀の後、バイオレットが、バーバラから逃げて、干し草畑をひた走る場面がある。レッツ自身がコメントしている(※)ことだが、この地方で生まれ育った人間は80km先が見えないと閉所恐怖症に陥るのだそうだ。スクリーンいっぱいに広がる地平線は、彼らにとっての原風景だ。バイオレットはなぜ逃げるのか?バーバラは、「どこにも行くところはないのよ!」と叫びながら母親を追いかける。現実に息を詰まらせ、逃げ出したとしても、"どこにも行くところはない"のだ。平原がどこまでも広がるほどに、かれらが生きる、あの暗いウェストン家の狭苦しい室内が心に迫る。

最終的にウェストン家に残されたのは、家族の再会を通して全てを失ってしまった二人だ。そのうちひとりは、ヘイフィールドに真直ぐ伸びるハイウェイに車を走らせて外に出て行く。その先には何かがあるのか、何もないのだろうか?映画では、どちらの兆しも示されない。

映画の冒頭、「人生はとても長い」"Life is very long."とベバリーの声で繰り返される言葉は、T.S.エリオットからの引用である。イギリスの詩人として知られるT.S.エリオットだが、生まれ育ちはミズーリ州セントルイスだ。原作の舞台であるオクラホマ同様に、アメリカ中西部に位置している。「人生はとても長い」"Life is very long."という一節が抜粋された「うつろな人間たち」"The Hollow Men"(1925)の詩には、アメリカ中西部を思わせる背景がある。この詩は、以下のように締めくくられる。

 かくて世界は終わる
 何らとどろく音もなく ただひそやかに

 This is the way the world ends
 Not with a bang but a whimper



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Comment(1)

Posted by pinewood | 2017.11.24

確かに赤裸々な家族の関係が濃密に描かれた見応えの有る作品でした。

『8月の家族たち』
原題:AUGUST: OSAGE COUNTY

TOHOシネマズシャンテほか上映中
 
監督:ジョン・ウェルズ
製作:ジョージ・クルーニー、グラント・ヘスロヴ、ジーン・ドゥーマニアン、スティーヴ・トラクスラー
製作総指揮:ボブ・ワインスタイン、ハーヴェイ・ワインスタイン、ロン・バークル、クレア・ラドニック・ポルスタイン
原作・脚本:トレイシー・レッツ
撮影:アドリアーノ・ゴールドマン
プロダクションデザイン:デヴィッド・グロップマン
衣装デザイン:シンディ・エヴァンス
編集:スティーヴン・ミリオン
音楽:グスターボ・サンタオラヤ
音楽監修:デイナ・サノ
出演:メリル・ストリープ、ジュリア・ロバーツ、ユアン・マクレガー、クリス・クーパー、アビゲイル・ブレスリン、ベネディクト・カンバーバッチ、ジュリエット・ルイス、マーゴ・マーティンデイル、ダーモット・マローニー、ジュリアンヌ・ニコルソン、サム・シェパード、ミスティ・アッパム

© 2013 AUGUST OC FILMS, INC. All Rights Reserved.

2013年/アメリカ/121分/カラー
配給:アスミック・エース

『8月の家族たち』
オフィシャルサイト
http://august.asmik-ace.co.jp



















































































































































































































(※)The Guardian, Thursday 16 January 2014
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