『エグザイル/絆』

上原輝樹
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香港映画界の巨匠ジョニー・トー監督の痛快アクション活劇『エグザイル/絆』が、何の脚本らしきものもなく、その日その日の即興の連続で作られたとは俄には信じ難いが、ジョニー・トー組の名優アンソニー・ウォン曰く、ストーリーラインも知らされず、いつ終わるとも知れない撮影に延々付き合わされる俳優陣をなだめながら、その内に皆諦めて仲良く9ヶ月間の撮影を乗り切ったとのことで、どうやら本作の無計画説、信憑性が高い。監督自らも、前作の『エレクション』2部作を撮るのにすっかり神経をすり減らした為、次作は気楽に、自然に任せて撮りたい、そうしなければ自分が大好きな"映画"をもう愛せなくなると語り、本作の無計画性を素直に認めている。その見事な開き直りが、文句なしに痛快無比なアクション映画として結実していることに加え、"映画"を愛し続けるためには、周囲の迷惑も顧みないという傍若無人ぶり、巨匠の巨匠たる所以である。

一つや二つの傑作をものにしたくらいで、簡単に人を"巨匠"呼ばわりするのは厳に慎まなくてはならないが、ジョニー・トーのような監督にはその呼称が相応しい。そんなトー監督が憧れて所作までも真似してしまうという大物、世界のクロサワをもってしても、夢見ることすらしなかったであろう、香港の映画芸術が独自に到達したアクションシーンの舞踏的な美しさは、トー監督が敬愛するペキンパー監督の"スローモーション"を多用し、"時間"をマイクロスコープを使って物理的に拡大するかのような効果を上げており、本作の白眉として強烈な印象を与えている。この何度となく勃発する、凄まじくも美しい銃撃戦のみならず、"絆"を共有する仲間同士の"食事のシーン"までもが、引き締まった無駄のない動きで活き活きと生命力溢れた描写で描かれる。任侠映画を観た後、肩で風を切って歩いてしまう、あの感じ。本作中最もその伝染力を発揮しそうなのがこの"食事のシーン"に他ならない。そして、夫を殺されて逆上する女、ジョシー・ホーの怒りのぶちまけ方が素晴らしい。こちらは恐らく伝染性は低いものの、稀に見る映像体験に快哉を叫びたくなる。(このジョシー・ホー、実父が「マカオのカジノ王」だというから、実生活でも多様な人生経験を積んでいるのかもしれない。)

johnnie_s01.jpgこうした"食事のシーン"や"キレ芸"の痛快さは、香港という街で密集したせまいエリアに生活することのストレスと表裏一体のストレートな感情表現、そして、せわしなくスピーディーな雑踏のリズムといった<わが街>ならではの現実から生成されたものに違いなく、トー監督がその土地に漂うリアリティを上手く映画に持ち込んでいるからこそ、作り物ではない痛快さが観客に伝わる。そして、本作はジョニー・トー作品の中でも最もセリフが少ない作品だが、このセリフの少なさ、すなわち"言葉よりも映像でわからせる"というプロフェッショナリズムは香港映画のひとつの伝統と言っても良い。それは、広東語と北京語というお互いに全く通じない言語が流通する中国、さらには、シンガポール、マレーシア、タイ、フィリピン、インドネシアなどの華僑やイギリスといった他言語のマーケットを意識しなければならない香港的な事情によって、その映画言語が大いに鍛えられた成果だと言える。

そんな香港を去りハリウッドへ渡ったジョン・ウーのその後のキャリアを、必ずしも成功しているとは言えないと冷静に分析するトー監督は、ハリウッドからのラブコールを拒否し続け、今も香港に留まって映画を作り続けている。あえてハリウッドから距離を保つトー監督のスタイルは、21世紀的な映画づくりの可能性を大いに感じさせてくれる。そして、新作はジャン=ピエール・メルヴィル『仁義』のリメイクを香港・マカオにて製作中、出演者には、リーアム・ニーソン、オーランド・ブルームというメジャー系俳優に加え、アラン・ドロンの名も!いよいよ香港の巨匠がその名を世界に知らしめる時がやってきた。


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『エグザイル/絆』
Exiled

2008年12月6日よりシネマスクエアとうきゅう、シアター・イメージフォーラム他

製作・監督:ジョニー・トー
脚本:セット・カムイェン、イップ・ティンシン、銀河創作組
製作総指揮:ジョン・チョン
撮影監督:チェン・シウキョン
美術:トニー・ユー
衣装:スタンリー・チョン
編集:デヴィッド・リチャードソン
音楽:ガイ・ゼラファ
出演:アンソニー・ウォン、フランシス・ン、ニック・チョン、ジョシー・ホー、ロイ・チョン、ラム・シュ、ラム・カー・トン、サイモン・ヤム、リッチー・レン他

2006年/香港、中国/109分/DOLBY DIGITAL/1:2.35
© 2006 Media Asia Films (BVI) Ltd. All Rights Reserved.
製作:Media Asia Films, Milky Way Image Company, Newlink Development
配給:アートポート

『エグザイル/絆』
オフィシャルサイト
http://www.exile-kizuna.com/
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