『デビル』

上原輝樹
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M・ナイト・シャマランが有り余るアイディアを自分で監督しきれないことから「ザ・ナイト・クロニクルズ」というシリーズで若手映画作家に自分のアイディアを映画化させるプロジェクトを始めた。その第一弾『デビル』は、シャマラン的不条理が支配する世界の、濃厚なシチュエーション・スリラーの佳作である。

隣接するニュージャージー州を分つデラウェア川の川面を、『コッポラの胡蝶の夢』で見た以来の逆さまのキャメラが疾走し、『シックス・センス』や『アンブレイカブル』の舞台となった都市、フィラデルフィアの高層ビル群へと観客を勢い良く引き込むオープニング・タイトルの"逆さまの世界"が、私たちの生息する21世紀の都市の不気味さを饒舌に映し出す。

高層ビルの彼方に立ち込めるドス黒い暗雲が何か良からぬものの到来を告げると、冒頭からソリッドな展開を見せる本作のリズムに任せて、ひとりの男が「悪魔の足音が聞こえる」という謎めいたメモを残し、高層ビルから飛び降り自殺を図る。現場にやってきた刑事(クリス・メッシーナ)は手際良く周囲を取り仕切り、的確な推理を働かせ、頼もしげな空気を漂わせはするものの、実は、5年前に愛する妻を自動車事故で亡くし、未だに心に深い傷を負っていることが同僚とのやり取りから伝わってくる。

丁度その頃、同じ高層ビル内のエレベータが故障し、5人の男女が閉じ込められる事故が起きる。閉じ込められたのは、セールスマン(ジェフリー・エアンド)、老女(ジェニー・オハラ)、黒人の警備員(ボーキム・ウッドバイン)、若い女(ボヤナ・ノヴァコヴィッチ)、整備工の若者(ローガン・マーシャル=グリーン)の5人だが、敢えて、それぞれの役柄に先入観を与えたくないという理由から、顔が知られていない実力派の俳優陣を選び抜いたというアンサンブル・キャストが見事に功を奏している。

エレベータ内を監視カメラで見ることができる警備員室では、ベテランの警備員がエレベータの状況に気付き作業員を向かわせていたが、この作業員も事故で死んでしまう。エレベータが止まっただけ、と余裕を見せていたベテラン警備員も次第に状況の深刻さを理解し、焦りを募らせていく。そこに連絡を受けた刑事がやってきて、監視カメラを通じてエレベータ内とコミュニケーションを図るが、警備室からの声はエレベータ内に伝わるものの、エレベータ内の声が外に伝わらない。

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コミュニケーションに難航しているうちに、エレベータ内では突如電気が消え、その間に"若い女"が"セールスマン"に体を触られたと主張した事をきっかけに、密室内の5人は疑心暗鬼な状態に追い込まれ、一触即発の不穏な気配が狭い空間を支配していく。間もなく軽薄な調子で始めから浮いた印象の"セールスマン"が最初の犠牲者になるだろう。彼を殺すのは、果たして、屈強な黒人の"警備員"か、あるいは、寡黙な"整備工"の若者か、あるいは?惨状を呈し始める密室を警備室から監視する刑事は、消防署のレスキュー部隊を要請すると同時に、この乗り合わせた5人の素性を調べ始める。

この中に殺人の前歴がある人間がいるのか?そもそも、この5人がこうして閉じ込められているのは全くの偶然なのか?冒頭で墜落死した男が残した「悪魔の足音が聞こえる」というメモは何を訴えかけているのか?警備室にいる敬虔なクリスチャンらしきヒスパニック系の警備員(ジェイコブ・バルガス)は、これは悪魔の仕業だ、と呟き、監視映像に一瞬写った不気味な顔の残像を見て、恐怖する。実際に狭い室内に5人の役者を常に配置して行なわれた撮影では、ジョナサン・デミ作品(『羊たちの沈黙』など)やシャマラン作品で知られる名撮影監督タク・フジモトが、エレベータ内の鏡面反射を正確にコントロールしたシネマトグラフィで、次第に本性を露にしていく登場人物たちの変貌を見事に捉えていく。

シャマランが白羽の矢を立てた監督ジョン・エリック・ドゥードル(『The Poughkeepsie Tapes』『REC:レック/ザ・クアランティン』)と脚本ブライアン・ネルソン(エレン・ペイジを世に送り出した『ハードキャンディ』)の新鋭コンビは、無名に近いアンサンブル・キャストを見事に演出し、それぞれの役者の顔を印象深くフィルムに焼き付けながら、ミステリアスなワン・ピース、ワン・ピースを緻密に組み上げ、ストーリー解決への筋道をつけていく。しかし、シャマランの息のかかった作品で、例えば19世紀ロンドンを舞台にしたガイ・リッチー版『シャーロック・ホームズ』のように、明快に近代合理主義が勝利するわけもない。真に恐ろしいのは悪魔という人智を超えた存在なのか?それとも人間の心に宿る猜疑心か?

いずれにしても本作は、シャマランが「僕が見習いたいと思っている手本は、アガサ・クリスティなんだ。」と素直に告白してしまっている通り、ジョン・エリック・ドゥードル&ブライアン・ネルソンのコンビによる作品でありながらも、やはり、シャマラン的不条理が支配する"逆さまの世界"における正統派スリラーとして、際立つ魅力を放っている。本作がとりわけどのアガサ・クリスティ作品をお手本にしているのか、ここで明かすことは差し控えさせて頂くが。


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『デビル』
原題:DEVIL

7月16日(土)より公開
 
原案・製作:M・ナイト・シャマラン
監督:ジョン・エリック・ドゥードル
脚本:ブライアン・ネルソン
撮影監督:タク・フジモト、ASC
製作:サム・マーサー
製作総指揮:トリッシュ・ホフマン、ドリュー・ドゥードル
プロダクション・デザイン:マーチン・ホイスト
編集:エリオット・グリーンバーグ
音楽:フェルナンド・ベラスケス
出演:クリス・メッシーナ、ローガン・マーシャル=グリーン、ジェフリー・エアンド、ボヤナ・ノヴァコヴィッチ、ジェニー・オハラ、ボキーム・ウッドバイン、ジェイコブ・バルガス

© 2011 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED

2011年/アメリカ/80分/カラー
配給:東宝東和

『デビル』
オフィシャルサイト
http://devil-movie.jp/
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