スウェル・シーズン × 『once ダブリンの街角で』

鄭 美和
john_01.jpg

ダイレクトに心を揺さぶられる音楽体験をした。今年の始めに来日したデュオ"スウェル・シーズン"のライブだ。かっこ悪いくらいのストレートさで、エモーショナルに歌うグレン・ハンサード。プレーンな歌声の中にデリケイトな感性を宿らせるマルケタ・イルグロヴァ。コントラストの効いた二人のハーモニーは、心と耳に強く残る。

この魅力的な二人が主役をつとめ、全編を彩る楽曲を製作した映画が、本作『onceダブリンの街角で』。脚本はわずか60ページ。"超"低予算に加え、17日間というタイトなスケジュールで製作された本作は、当初アメリカでは限定2館のみの公開だったのが、観客の口コミによって140館にまで拡大。サントラ盤は全米チャート2位を獲得し、2007年サンダンス映画祭ではワールド・シネマ観客賞を受賞した。

オンボロの、穴の空いたギターをかきならしながら歌うストリート・ミュージシャンの男と移民の若い女。心を通わせた二人からメロディーが生まれる----。シンプルな物語が多くの共感を呼んだのは、言葉を上回る"音楽の力"であり、グレンとマルケタの"歌心"なのだと思う。

ライブで見たグレンは、映画でもトレードマークになっている、大きな穴の空いたギターを使っていた。「バスキング(路上演奏)をやっていた時の気持ちをいつも持っているんだ。音楽がよくないと、誰も聴いてくれない。そういうぎりぎりのところで聞き手と向かいあう姿勢が、僕の原点なんだ」MCで印象的な言葉を語っていたグレン。そんな彼に人懐っこい視線を絡ませるマルケタ。ステージ上の二人に漂う空気感は、映画から感じ取れる世界そのもので微笑ましい。

john_s01.jpgさて、本編はというと......。
「いつかふたりになるためのひとり やがてひとりになるためのふたり(浅井和代)」
この短歌に出逢った時の、心をグっと掴まれた感じを思い出してしまった。
自分とよく似たセンスと、心の闇を感じ取った瞬間、人とヒトは繋がる。
ひとりぼっちで生きてきた主人公の二人みたいに。
プロの道を目指す中年のストリート・ミュージシャンの男(グレン)。チェコから移民し、BIG ISSUEを売って生計を立てるシングルマザーの若い女(マルケタ)。男はかつての恋人を、女は母国に残してきた夫を忘れられずにいた。そんな二人が、ダブリンの街角で出逢う。お互いの音楽的才能に感化された二人は、アルバムを作る夢を共有する。そこからの映像はまるで......。二人のデモCD製作の裏側を追ったドキュメンタリーのよう。手作り感あふれる宅録風景。男が口ずさむメロディーに、女が即興のピアノを合わせるコール&レスポンスが愛おしい。

卓越したカメラワークや演出は無い。派手な恋愛シーン、どころかキスシーンすら出てこない。
なのに、二人から伝わってくるリアルな緊張感やもどかしさ。友情とも恋愛ともとれる男女の妙は胸をヒリヒリと焦がす。そう、これとよく似た情感を、1冊の本にも感じたことがある。久世光彦著『触れもせで--向田邦子との二十年』。TVプロデューサー・久世光彦×脚本家・向田邦子。究極のコンビでテレビ史に残る多くのテレビドラマを創った二人の、プラトニックなパートナーシップが久世氏の静謐な筆致で描かれている出色のエッセイ集だ。指一本"触れもせで"な間柄なのに、心の深いところで繋がっている関係性は、グレンとマルケタのそれとも重なり、切ない。

かくして時は過ぎ、グレンとマルケタのアルバムが完成する。一緒にロンドンに渡り、プロとしてネクストステージを目指そうと誘う男。けれど女は微笑むだけ。そして男は一人でロンドンに発つ・・・・・・。惹かれあいながらも、現実を見据え抑制する二人の姿は、まさに前述の「いつかふたりになるためのひとり やがてひとりになるためのふたり」に映る。この別れが永久になるのか、一時になるのかは、コチラ側のシチュエーションによって変わってくる。そんなイマジネーションの余白もいい。 "遠くて尊い"時間を蘇らせてくれる、心の宝物のような作品だ。


スウェル・シーズン × 『once ダブリンの街角で』について、皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。
なお、ご投稿頂いたものを掲載するか否かの判断については、
OUTSIDE IN TOKYO 編集部の判断に一任頂きますので、ご了承ください。





Comment(0)

あの感動の歌をもう一度!
映画『once ダブリンの街角で』主役の二人、
グレンとマルケタが
再び日本に帰ってきます!!

「スウェル・シーズン来日公演2009」
5/20(水)東京国際フォーラム ホールC
スペシャル・ゲスト:リアム・オ・メンリィ
18:30開場 19:00開演 前売7,000円(全席指定・税込)
[先行発売]3/10(火)プランクトン
[一般発売]3/21(土)チケットぴあ、ローソンチケット、e+

問:プランクトン 03-3498-2881
http://www.plankton.co.jp


『once ダブリンの街角で』

脚本・監督:ジョン・カーニー
製作:マルチナ・ニーランド
撮影:ティム・フレミング
美術:タマラ・コンボイ
出演:グレン・ハンサード、マルケタ・イルグロヴァ

オフィシャルサイト
http://oncethemovie.jp/
印刷