『テイク・シェルター』

上原輝樹
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美しく聡明な妻サマンサと耳が不自由な一人娘ハンナという愛すべき家族に恵まれた主人公カーティスは、町中の誰もが顔見知りという米国の田舎町に暮らす労働者だ。カーティスの実直さは、町でも良く知られていて、職場である工事現場でもそれなりに責任のある立場を任されている。仕事帰りに下ネタに興じる職場の同僚からは、そのノリの悪さをからかわれる、ちょっと堅物と形容するぐらいが丁度良さそうな男だ。

『レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで』(08)や『ランナウェイズ』(10)などでの"怪演"が目立ち、大柄でギョロ目という特徴が『ザ・フライ』(86)のジェフ・ゴールドブラムを想起させもするマイケル・シャノンが、ジェフ・ニコルズ監督の前作『Shotgun Stories』(07)に続いて主人公を演じている。妻を演じるのは、テレンス・マリックの『ツリー・オブ・ライフ』(11)で一躍脚光を浴び、多くの観客と多くの映画作家たちを虜にしてしまったジェシカ・チャスティン。マイケル・マンの娘アミ・カナー・マンの監督デヴュー作『キリング・フィールズ 失踪地帯』(11)の刑事役では捕らえた犯罪者に鉄拳を喰らわせていたが、本作でもただの飾り物の"妻"を演じる気などサラサラないといった風情で凛とした魅力を放っている。

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映画は、開巻早々、優れたジャンル映画を思わせる活劇的緊張感を画面に漲らせ、案の定、早い展開で"ある不安"がカーティスを悩ませ始める。未だかつて見たこともないような奇怪な形状の暗雲が大空一面に立ち込め、巨大ハリケーンが辺り一帯を吹き飛ばそうとしている、雨は泥の混じったような黄色をしており、鳥の大群が不気味な幾何学形を成して飛んでくる。愛娘ハンナを抱いたカーティスは、慌てて屋内に避難するが、、。そんな"悪夢"が毎晩カーティスを苛み、眠れぬ夜に神経をすり減らして行く。次第に、これは何かの予兆に違いないと確信したカーティスは、裏庭に本格的なシェルターを造り始める。

幾多のハリケーン災害に遭っている米国において、本作で描かれている事態は決して絵空事には見えないだろうし、3.11を経験してした日本に住む私たちにとっても実にアクチュアルな"不安"をフックにした作品といえる。しかし、多くの場合、そうした"不安"は簡単に取り除くことはできない。むしろ、映画の主題として"問題"になるのは、このような災いに直面しようとしている時に、人は一体どのように振る舞うことができるのかということである。

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愛する妻子を災いから守るという"使命"に駆られてシェルターを作り始めたカーティスは、今度は様々な現実の"障害"に直面することになる。そもそも、その巨大竜巻の襲来は、カーティスの夢の中だけの出来事なので、会社の同僚はもとより、妻のサマンサですら、カーティスのことを理解できない。

同僚から奇異な目で見られた挙げ句、ある失態を契機に会社をクビになり、愛する妻サマンサからも強かな平手打ちを喰らってしまうカーティスの境遇に比べれば、『未知との遭遇』(76)で、得体の知れない物体を目撃してしまった主人公ロイ(リチャード・ドレイファス)が立たされることになる窮地の方がまだ幾分マシだったかもしれない。ザ・ドアーズが周囲の人々に対する違和感、疎外感を歌った"自分がよそ者の時、世の中すべてがおかしく見える(まぼろしの世界)"状態であると周囲の者から見られることになったカーティスは、予兆への確信も揺らぎ、疑心暗鬼に陥って行く。

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的確なフレーミングによる透明感のある悪夢描写が『シャイニング』(80)を想起させないこともない本作が、いつジャンル映画のルーチン的展開に堕してもおかしくない危険をスリリングにかいくぐりながら、会社をクビになった後、耳が不自由な娘の多額の治療費をカヴァーするはずだった"保険"をどのようにして繋ぎ止めていくか、あるいは、"シェルター"を造るための金策をどうするかといったカーティスの行動をしっかりと描くことで、それは、丁度『サウダーヂ』(11)がそうであったのと同じ意味で、日々の生活に汲々している多くの人々の"生活"とこの映画が地続きにあることを思わせる。

そして、好奇の目に晒され、自らも疑心暗鬼に陥りながらも、『抵抗 死刑囚の手記より』(56)の死刑囚が脱獄を企てた時のような的確さで"シェルター"を組み立て、"使命"を遂行しようとするカーティスの孤独な闘いを描くことで、人が"不安"や"恐怖"に直面した時、どのように振る舞うことができるのかという主題を誠実に描くことに成功している。

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しかし、カーティスの孤独な闘いは、最愛の妻サマンサとの夫婦関係に試練を与えることになる。二人の絆はあらゆる場面において危機に晒されている。そんな二人に、思わぬ形でもたらされる恩寵は、この21世紀においては、やはり『抵抗 死刑囚の手記より』のようにはいかない。それは、プロデューサーからはデジタルキャメラREDの使用を薦められながらも、"空の映画"である本作を撮るにはフィルムしか考えられないと言って、そのオファーを断ったジェフ・ニコルズ監督の映画作家としての的確な判断が、ひょっとしたら黒沢清をも嫉妬させるのではないかと思える程、完璧なものに仕上げた"空"によって、良きにつけ悪しきにつけ、もたらされるだろう。


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『テイク・シェルター』
原題:TAKE SHELTER

3月24日(土)より、新宿バルト9、銀座テアトルシネマ、シアターN渋谷ほか全国ロードショー
 
監督・脚本:ジェフ・ニコルズ
製作総指揮:グレッグ・ストラウス、コリン・ストラウス、サラ・グリーン
製作:タイラー・ディヴィッドソン、ソフィア・リン
撮影:アダム・ストーン
美術:チャド・キース
編集:パーク・グレッグ
作曲:デイヴィッド・ウィンゴ
出演:マイケル・シャノン、ジェシカ・チャステイン、トーヴァ・スチュワート、シア・ウィグハム、ケイティ・ミクソン、キャシー・ベイカー

© 2011 GROVE HILL PRODUCTIONS LLC All Rights Reserved.

2011年/アメリカ/120分/カラー/スコープサイズ
配給:プレシディオ

『テイク・シェルター』
オフィシャルサイト
http://take-shelter-movie.com/


※ 参考:
FILMMAKER MAGAZINE
「Jeff Nichols」interview
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