『MUD-マッド-』

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"理想の息子"の、あるいは、"理想の息子"との冒険譚
star.gifstar.gifstar.gifstar.gif 上原輝樹

「ワトソン嬢が地獄についてくわしく話してくれたので、僕もそこへ行きたいなと言ったら、ワトソン嬢はおそろしく腹を立てた。だが、僕は悪気があったわけじゃない。僕ののぞむことは、どこかへ行きたいというだけのことだ。変化がほしいのだ。どこだって構わないのだ。」
ハックベリー・フィンの冒険(※)

ハックベリー・フィンと同じ14歳の主人公エリス(タイ・シェリダン)は、河岸のボートハウスに両親とともに住んでいる。優しいが甲斐性のない父親(レイ・マッキノン)とボートハウス生活を脱したい母親(サラ・ポールソン)の仲は冷えきっており、エリスはもっぱら親友のネックボーン(ジェイコブ・ロフランド)とつるんで、自分をどこか違うところへ連れて行ってくれる"変化"を求めていてた。そんなある日、広大なミシシッピ川に浮かぶ島を訪れたふたりは、遥か頭上高い木の上にボートが引っかかっている、大洪水の痕跡をヴィヴィッドに残す光景に出くわす。探検気分でボートを物色し始めた少年たちは、その中吊りのボートで暮らす男マッド(マシュー・マコノヒー)と出会うことになるだろう。何やら良からぬ過去を背負うマッドは、人の目を逃れてそこに潜伏しているが、最愛の女性ジュニパー(リース・ウィザースプーン)と再会する手筈を整え、その時期を見計らっているところだった。

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折しも、年上の女子メイ(ボニー・スターディバント)に恋心を抱いていたエリスは、マッドとジュニパーのふたりに、自分の親には見られない、男女の愛の純粋なモデルを感じ取り、彼らを応援する。このタイ・シェリダン(『ツリー・オブ・ライフ』)が演じるエリスの人物造形が素晴らしい。好きになった女の子と付き合うためには、年上の男にも殴り掛かって行く、そんな愛すべき粗暴さを持ち合わせた14歳の男子が今時どこにいるだろうか?一本気に突っ走る、その鼻っ柱の強さ故に、壁にぶつかった時の衝撃も大きい。それでも14歳の君ならばそんな衝撃だって吸収できる、そんな大らかな"父親目線"が、この映画には漂っている。

エリスの人物像は、男親にとっての"理想の息子像"であるのかもしれない。その"理想の息子像"とは、ほぼ例外なくファンタジーであり、かつて少年であった大人による、自らの"少年時代"への、実現しないであろう未来へのノスタルジーの投影であり、実現していない現実へのレクイエムの様相を呈するものであるだろう。しかも、画面の中を漂うノスタルジックな"父親"の思念は、マコノヒー演じるマッドに憑依することで、"理想の息子"との冒険を共に楽しみ、あわよくば果たせなかった"恋愛"すら成就させようというのだから、事はそんなに上手く運ぶわけもない。

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前作『テイク・シェルター』では、リーマンショック以降の経済危機とハリケーン災害直後の人々の不安心理を背景に、途方もない天変地異が家族を襲うという"恐怖心"を卓越した空の描写に託しながら、仕事や家庭といった、現実と地続きの問題を物語の縦軸に織り込んで、アクチュアリティのある傑作心理スリラーを撮り上げたジェフ・ニコルズが、本作では、ミシシッピの"MUD=泥"色の川岸にアメリカン・フォークロアの神話更新の可能性を託して、マーク・トウェイン以来、人々の冒険心を鼓舞し続けているアメリカーナ的エグザイルと思春期の少年の出会い、そして男と女が愛し合って共に暮らすことへの憧憬を、少年の視点を借りて、瑞々しくもひりひりするような焦燥感に満ちた愛の物語として撮り上げている。ハックベリー・フィンの筏に乗った冒険は、本作のエリスにおいては、"恋"を通じた、感情のジェットコースターという冒険に代替されているのだ。

隅々まで行き届いた演出と美術、現実のハリケーンの後とも、『テイク・シェルター』の天変地異が起こってしまった後とも取れる、ポスト・ディザスターのユートピア的風景が顕然する完璧で奇妙なロケーション、この映画が示す21世紀的にアメリカン・クラシックな世界観が愛おしい。ジェフ・ニコルズ作品の常連マイケル・シャノンはもとより、抜群の存在感で"暗殺者"トムを演じてみせるサム・シェパードが、絶妙のタイミングで登場して見るものを楽しませてくれるが、やはり、主人公の少年エリスを演じるタイ・シェリダン、彼の為だけにも、見逃してほしくない青春映画の秀作だ。

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『MUD』
原題:MUD

1月18日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか順次ロードショー
 
監督:ジェフ・ニコルズ
製作:サラ・グリーン、アーロン・ライダー、リサ・マリア・ファルコーネ
製作総指揮:トム・ヘラー、ギャレス・スミス、グレン・バスナー、マイケル・フリン
脚本:ジェフ・ニコルズ
撮影:アダム・ストーン
プロダクションデザイン:リチャード・A・ライト
衣装デザイン:カリ・パーキンス
編集:ジュリー・モンロー
音楽:デヴィッド・ウィンゴ
出演:マシュー・マコノヒー、タイ・シェリダン、サム・シェパード、マイケル・シャノン、ジョー・ドン・ベイカー、レイ・マッキノン、サラ・ポールソン、ポール・スパークス、ジェイコブ・ロフランド、リース・ウィザースプーン

© 2012, Neckbone Productions, LLC.

2012年/アメリカ/130分/カラー/シネマスコープ/デジタル
配給:東京テアトル/アース・スター エンターテイメント

『MUD』
オフィシャルサイト
http://mudmovie.net


(※)『ハックベリイ・フィンの冒険』マーク・トウェイン(村岡花子訳/新潮社)
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