『ヴィクトリア女王 世紀の愛』

上原輝樹
valle_01.jpg

19世紀イギリス王室を舞台に、<若きヴィクトリア/原題:The Young Victoria>の恋を豪華絢爛な映像美で100分という適度な長さにまとめあげたコスチューム・プレイの佳作。

ヴィクトリア女王といえば、七つの海を支配し、イギリスを「太陽の沈まぬ国」と呼ばれる最強の国家にまで押し上げた女王として洋の東西を問わず広くその名を知られている。「君臨すれども統治せず」の建前のもと、国内では立憲君主制(君主が存在する国民主権の政治形態)を敷き政治の安定を図り、海外では世界各地に派兵し一大植民地帝国を築き上げた。現代ではもはや許されざる事態ではあるが、人類史上最も広大な領域に君臨した女王として歴史に名を残している。その治世はヴィクトリア朝と呼ばれ、9人もの子宝に恵まれた家庭の様子は、数々の絵画に描かれ国中に流布し、海外では、世界中の王室のモデルとなった。当時の上流階級のウエディングドレスは色が濃く、装飾的でゴージャスなものが多かったが、ヴィクトリア女王は「純潔」を表すために乳白色のシルクサテンで作ったドレスを着用し、以来今日に至るまで、ウエディングドレスといえば"白"のイメージが定着している。また、クリスマスツリーを飾って家族で団らんする幸せな絵が新聞に掲載され、後世にクリスマスツリーが広まるきっかけを作ったのもヴィクトリアだったと伝えられている。しかし、意外にもというか、当然のことながらと言うべきか、そのヴィクトリア女王の若かりし日の恋にフォーカスした映画は作られておらず、そこに惹かれたマーティン・スコセッシがプロデュースを手掛けることになり"若かりし日のヴィクトリア"を描く映画製作が軌道にのった。

valle_02.jpg

若きヴィクトリアを演じるは、『プラダを着た悪魔』(06)や『サンシャイン・クリーニング』(08)などの軽めのコメディ/ドラマでのイマドキの女子役の印象が強かったエミリー・ブラントが、本作では、19世紀のコスチュームを身に纏い、王室内外の権謀術策が渦巻く中を力強く生きたサヴァイバルしたヴィクトリアを、少しばかりの茶目っ気すら見せながら堂々と演じ、見事ゴールデングローブ主演女優賞にノミネートされた。まずは、このエミリー・ブラントの気品としなやかさと強さが同居する"若きヴィクトリア"像に拍手を送りたい。そして、ヴィクトリアの運命の恋、アルバート公を演じるルパート・フレンド、ヴィクトリアに抜け目なく取り入る政治家メルバーン卿を演じるポール・ベタニー(あの『ギャングスター・ナンバー1』(00)の彼が長足の進歩を遂げている!)、ヴィクトリアの叔父であり重要な庇護者ウィリアム王を演じる秀逸な実力派にして個性派俳優のジム・ブロードベントなど、俳優陣が素晴らしく充実していて、今や失われる傾向にある、現実を忘れさせてくれる極上のエンターテイメントの時間が本作には流れている。

素晴らしい演技のアンサンブルに加えて、サンディ・パウエルの衣装デザインや17カ所に及んだというイギリス宮殿と城の数々、リンカーン大聖堂でのロケーション撮影の素晴らしさについては、ここで語る愚は犯さず、映画をご覧になって頂きたいとだけ申し上げておく。それでも、そんな見事なロケーションと衣装を纏い、2人が恋の始まる予感を感じながらお互いの好きな"音楽"について語るシーンの現代性については少し触れておきたい。

valle_03.jpg

アルバートは、ヴィクトリアに会う前から彼女の趣味について想像を巡らしていた。1837年当時としては、少し前衛的過ぎたのだろう、アルバートはシューベルトの音楽を好んでいたが、周囲の情報によるとヴィクトリア女王はシューベルトはあまり好きではなく、オペラの"清教徒(I Puritani)"が好みなのだという。アルバート自身は同じベリーニの作品でも"ノルマ(Norma)"の方が好みなのだが。そんな予習をした上で、ヴィクトリアとの面会に不安げに望んだアルバートだったが、いざ本人と話してみると、以前は"清教徒"が好きだったが、今は"ノルマ"の方が好きで、シューベルトも大好きなのだと言う。この"音楽"の趣味が合うことがきっかけとなり、二人の関係は一気に親密さを増していく。あたかもイマドキの男女が、移り気なマイブームについて語り合いながら、お互いの相性を確認していくような軽妙さで描かれたこのシーンに、"若きヴィクトリア"を等身大の目線で描こうとする『ゴスフォード・パーク』(01)の脚本家ジュリアン・フェロウズの脚本の意図が見えてくる。

また、ヴィクトリアが宮中の階段を降りるシーンで、将来の女王を守る為に誰かがヴィクトリアの手を引かなければならないという窮屈な決まり事があり、母親に手を引かれて階段を降りて行くのだが、最後の2段のところになると、ポンと軽くジャンプして着地して見せる。そんな愛嬌のあるプチ反抗シーンや、一列に50名程も居並ぶ長テーブルでの晩餐会のシーンの冒頭にインサートされるちょっとした実験映画的なキャメラワークなど、所々に軽妙かつ愛嬌のある魅力的なショットが散りばめられており、ジャン=マルク・ヴァレ監督の遊び心を感じることが出来る。

ここから先のことは映画では描かれていないことだが、1861年にアルバートに先立たれたヴィクトリアは、その後亡くなるまでの40年間を喪に服し続けたのだという。その喪服姿こそが本来は有名だったヴィクトリア女王の、若かりし日の恋を、豪華絢爛で大時代的な舞台設定の中で、歴史物語的冗長さを禁じ、若さに相応しい遊び心と軽さに寄り添い一切喪服姿は描かないというナラティブの潔さ故に、現実の時間としてはより長く費やさなければならなかった<生涯の愛>アルバートを失った喪失感が、不可視のコントラストとして我々の胸に迫ってくる。


『ヴィクトリア女王 世紀の愛』について、皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。
なお、ご投稿頂いたものを掲載するか否かの判断については、
OUTSIDE IN TOKYO 編集部の判断に一任頂きますので、ご了承ください。





Comment(0)

『ヴィクトリア女王 世紀の愛』
原題:THE YOUNG VICTORIA

12月26日(土)Bunkamuraル・シネマ、TOHOシネマズシャンテ他にて全国順次ロードショー

監督:ジャン=マルク・ヴァレ
製作:マーティン・スコセッシ、セーラ・ファーガソン
脚本:ジュリアン・フェロウズ
衣装:サンディ・パウエル
撮影:ハーゲン・ボグダンスキ
音楽:アイラン・エシュケリ
出演:エミリー・ブラント、ルパート・フレンド、ポール・ベタニー、ミランダ・リチャードソン、ジム・ブロードベント

2009年/イギリス・アメリカ合作/102分/カラー/シネスコ/ドルビーデジタル
(C) 2008 GK Films, LLC All Rights Reserved
配給:ギャガ・コミュニケーションズ

『ヴィクトリア女王 世紀の愛』
オフィシャルサイト
http://victoria.gaga.ne.jp/
印刷