『ザ・ウォーカー』

浅井 学
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最終戦争後の荒廃した世界を舞台に、"この世に一冊だけ残った本"をひたすら西へと運ぶ旅人イーライ(デンゼル・ワシントン)。この"一冊の本"の内容は、世界を復興させる力ととともに、世界を支配する闇の力を併せ持つ諸刃の刃だ。一体、イーライとは何者なのか?どこへ向かっているのか?その本には何が記されているのか?

まず、旅人イーライの行く手にひろがるその荒廃した都市の壮大なスケール感に圧倒される。背景にある大きなストーリーをも予感させるテーマ曲も相まって、その世界観に心地よく引き込まれる。監督(アルバート&アレン・ヒューズ)のやや趣味的な過去の映画へのオマージュやアクションへの強引なつぎはぎ具合が気にならなくもないが、それ以上にハイセンスかつ創造的なビジュアルを配した世界を存分に楽しんだ。

マチェーテ(中南米の山刀)を使ったデンゼル・ワシントンのブレード・アクションもなかなかの切れ味だ(銃撃戦よりももっと剣のアクションを見たかった!)。スタント・コーディネーターのジェフ・イマダ(『ボーン・アルティメイト』『ファイトクラブ』)はブルース・リーの弟子でもあるということで、アクションに極限にまで鍛え上げられた肉体による神業的な要素が盛り込まれることで印象的なアクセントを生み出した。デンゼル・ワシントンには、撮影前に、素手や刃物で戦うマーシャルアーツの特訓が課せられたそうだ。剣を扱っている時の不自然さがまるでないのはその成果であろう。

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さて、一個人の肉体の延長にある"剣"と、誰でも効率的な殺傷能力得ることができる"銃"とは、相手を死に至らしめる武器としての"思想"が根本的に異なる。だから、剣の達人であるイーライが、銃を使うアクションの場面が出てくるとどうも違和感がある。ふたたび幸福な世界へ再構築するためのアイテム"本"を守るために、命を奪うような闘いの旅をつづけるという、大義はどうであれどこか相矛盾する行為を映し出すにはやはり、剣にこだわってほしかった。大切なものを守るために、大切なものを奪う、その自身に課された苦しみと悲しみ、つまり"十字架"を背景に感じさせるには、オートマチック銃やバズーカなどではだめなのだ。

と、そんな"剣による命のやりとり"などにこだわって観てしまうのも、日本の任侠映画や時代劇へのオマージュが散りばめられていると思うからだ。ザ・ウォーカーのポスターでさっと振り返るデンゼル・ワシントンの姿は、『網走番外地』(1965年〜72年)の主題歌のレコードジャケットや『昭和残侠伝』(1970年)のポスターに映る剣を背に持つ高倉健の姿そのものに見えるし、また、これ以上は言えないが世界的にも有名な時代劇シリーズとその主人公へのオマージュが、そのまま"落ち"につながってくるほど映画のコアを成している。まあ、見てのお楽しみ。

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さて、イーライは旅の途中にある街にたどり着くのだが、そこを暴力で支配しているのがゲイリー・オールドマン演じるカーネギ−。実は、カーネギーも独裁者として世界を支配するために、その"本"を探していたのだ。イーライの持つ"本"を奪うために、壮絶なバトルがはじまるのだが、こちらはもう、ザ・エンターテインメントな迫力ある銃撃戦とカーチェイスが腹いっぱい楽しめる。

ゲイリー・オールドマンと言えば、初出演となる『シド・アンド・ナンシー』(1989年)でシド・ヴィシャスを熱演して以来、狂気を含んだ悪役が定着(本人はそのことが不満な時期があったようだ)した感があるが、ここでも奥底に暴力と狂気の衝動を秘めた不気味な雰囲気を持つボスを見事に演じている。『JFK』でのオズワルド、『バットマン ビギンズ』のゴードンなどもよいが、極めつけは『ハンニバル』でのレクター博士に復讐をするメイスン・ヴァージャー役。特殊メイクで顔をひしゃげた顔に作り上げ、寝たきりの状態のままだけでも、その存在感を見せつけた。『ダークナイト』のヒース・レジャーにしてもそうだが、圧倒的な存在感を放つ役者の存在は、時としてビジュアル以上に観客を映画の世界に引き入れる力になる。この映画もその例外ではない。『ザ・ウォーカー』の世界観にどっぷりと浸ってエンターテインメント・ムービーを存分に楽しみたい。


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『ザ・ウォーカー』
原題:THE BOOK OF ELI

6月19日(土)より丸の内ピカデリーほか全国にて公開

監督:アルバート&アレン・ヒューズ
製作:ジョエル・シルバー
脚本:ゲイリー・ウィッタ
撮影監督:ドン・バージェス
美術デザイン:ゲイ・バックリー
衣装デザイナー:シャレン・デイヴィス
編集:シンディ・モロ
音楽:アティカス・ロス
出演:デンゼル・ワシントン、ゲイリー・オールドマン、ミラ・クニス、レイ・スティーヴンソン、ジェニファー・ビールス、フランシス・デ・ラ・トゥーア、マイケル・ガンボン

2010年/アメリカ/カラー/118分/スコープサイズ/ドルビーSRD 
配給:角川映画・松竹 共同配給

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『ザ・ウォーカー』
オフィシャルサイト
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