『シャーロック・ホームズ』

上原輝樹
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ティーンエイジャーの頃からのドラッグ依存症問題で経験した辛苦の底から這い上がり、『チャーリー』(92)、『グッドナイト&グッドラック』(05)、『ゾディアック』(06)など、常にハリウッドの第一線でユニークな存在感を発揮し続け、『アイアンマン』(08)、『トロピックサンダー』(08)で飛躍的な成長を遂げながらも、どこかにエンターテイナーとしての負い目を背負い続けているかのようなシャイネスと表裏一体のユーモアが魅力のロバート・ダウニー・Jr.が、世界で最も有名な架空の人物"シャーロック・ホームズ"を演じ、医師のジョン・ワトソンを、ホームズの単なる引き立て役に終わらない、対等なパートナーたるべきジュード・ロウが演じる。ホームズ、ワトソン共に、従来のブリティッシュ・ジェントルマンのイメージを、ホームズに関しては、卓越した観察力、記憶力、推理力を備えた頭脳はそのままに、原作から掘り起こしたという熟練した武術家としての才能に光を当て、ワトソンの方は、頼りがいのあるホームズのパートナーである冷静沈着な医師であることに加え、優れた軍人としての資質をクローズアップし、21世紀ガイ・リッチー的キャラクターに更新しすることに成功、映画はミステリーというよりは、スタイリッシュなアクションの要素が際立つ優れたエンターテイメントに仕上がっている。

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物語の舞台は、曇天が支配する19世紀末のロンドン。産業革命の中心地として活気に湧く街だが、あらゆる都市生活に付き物の貧困や犯罪がこの街に暗く影を落としていたことは、ヴィクトリア朝を代表する小説家ディケンズの一連の作品でも描写されている通り。本作でサラ・グリーンウッドが手掛けたプロダクションデザインにもその"暗さ"は、フェアに反映されている。フィリップ・ルスローを中心とした撮影チームは、ロンドン以外にもリバプールやマンチェスターまで足をのばし、19世紀以前から現存している多くの建築物をロケーション撮影し、彼らなりのヴィクトリア朝ロンドンを作り上げた。映画冒頭に登場する黒魔術の儀式が行われる12世紀の建造物、セント・バーソロミュー・ザ・グレート教会もその内のひとつだが、この19世紀末の都市を覆う"暗さ"は、それから1世紀以上を経た現代においても本質的には何ら変わらず、今ここにあり、私たち現代人の生活を覆っている。コナン・ドイルの長編4作と短篇56作を読みふけって、ホームズの奥深い人物像を探ったという監督、製作陣、脚本家チームに加え、ロバート・ダウニー・Jr.も加わったというクリエイティブ・チームは、19世紀末という産業革命の変革期と、21世紀初頭、グローバリゼーションと情報革命の現代という時代のあまりに似通ったシルエットの中に共通する人々の"不安感"を見出すにつけ、ホームズを21世紀的キャラクターにアップデートすることについて、大いに自信を深めたに違いない。

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21世紀にアップデートされた最強タッグ、ホームズ&ワトソンの、本作最大の敵となるのが、時代を覆う"不安感"につけ込み闇の力"黒魔術"を駆使して人々を恐怖で支配するブラックウッド卿(マーク・ストロング)。ブラックウッド卿の人智を超越したオカルト思想に、ホームズが、科学的な知識に裏打ちされた論理的な推理力と鋭い洞察力、そして、鍛え上げた武術の腕を駆使して対決するという明快な対立軸に加えて、実に魅力的な二人の女性、恋愛沙汰に疎いホームズが、秘かに恋心を寄せる希代の女性窃盗犯アイリーンをレイチェル・マクアダムスが、ワトソンのフィアンセ、メアリーをケリー・ライリーが演じ、映画に官能性と感情の綾をもたらしている。初対面のホームズが、自慢の洞察力と推理力を発揮し、メアリーの外見から彼女の人となりを推理で言い当てるが、次第に暴走して過去の恋愛経験にまで言及するホームズに、赤ワインを浴びせて激昂するケリー・ライリーの苛烈さが素晴らしい。

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長年武術の修養を積んできたというガイ・リッチーとロバート・ダウニー・Jr.が二人で一緒に練り上げたという本作におけるアクションのスタイルは、動きが速過ぎたりキャメラが動き過ぎたりして、何が起こっているのかがよく分からない近年のアクション・シーンに対するアンチテーゼであるかのように、老人の眼でもついていけそうな高画質の超スローモーション再生によって"アクション"を解析し、相手に与えるダメージをシミュレートして事前に観客に明かすという、新しい仕掛けに結実した。これを技術的に可能にしたのが、超スローモーション効果を出す"ファントム"というハイスピード・デジタルカメラで、1秒間の撮影を40秒から50秒に引き延ばして再生し、肉眼では見えないような小さな汗の一粒や、人体に与えられたインパクトの瞬間の皮膚や筋肉の歪みといったディテイルまで見事に表現してしまう。このアーテフィシャルな動体視力補完システムと同時に、ホームズの洞察力から生まれた、相手を倒すまでのメカニカルなプロセスの解説がなされる、この目新しい仕掛けは、ストリート・スマートなリッチーの喧嘩センスと、あくまで、科学の力でオカルト的存在を退けようという偉大なる架空の人物"ホームズ"のイマジナリーなヒューマニティが、見事な形で結晶した荒唐無稽な映画的遊戯の勝利だと断言したい。

アメリカとメキシコの国境地帯を舞台にした佳作『あの日、欲望の大地』(08)で、オマー・ロドリゲス・ロペスと組んでその土地の匂いを上手く音楽で表現したハンス・ジマーが、本作では、アイルランドのザ・ダブリナーズの楽曲を上手く使い、弛むことがない本作の活劇的テンションの持続に大いに貢献している。早くも続編に専念するために、リッチー、ダウニー・Jr.とも、予定されていた次回作をそれぞれ降板したとの話も伝わっている、痛快エンターテイメントの登場である。


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『シャーロック・ホームズ』
原題:Sherlock Holmes

2010年3月12日(金) 丸の内ルーブル他全国ロードショー

監督:ガイ・リッチー
脚本・原案:マイケル・ロバート・ジョンソン
脚本:アンソニー・ベッカム、サイモン・キンバーグ
原案・製作:ライオネル・ウィグラム
製作:ジョエル・シルバー、スーザン・ダウニー、ダン・リン
製作総指揮:マイケル・タドロス、ブルース・バーマン
共同製作:スティーブ・クラーク=ホール
撮影:フィリップ・ルスロー
美術:サラ・グリーンウッド
編集:ジェイムズ・ハーバート
衣装:ジェニー・ビーバン
音楽:ハンス・ジマー
出演:ロバート・ダウニー・Jr、ジュード・ロウ、レイチェル・マクアダムス、マーク・ストロング、エディ・マーサン、ケリー・ライリー

2009年/アメリカ/129分/ビスタサイズ/SR・SRD・DTS・SDDS
配給:ワーナー・ブラザース映画

『シャーロック・ホームズ』
オフィシャルサイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/
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