『この愛のために撃て』

上原輝樹
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監督デヴュー作『すべて彼女のために』がフランスで大ヒットを記録し、ポール・ハギスによってハリウッドリメイク、『スリーデイズ』(主演ラッセル・クロウ)としてこの秋日本での公開が決まっている、俊英フレッド・カヴァイエ監督の2作目『この愛のために撃て』は、期待に違わぬフレンチ・フィルム・ノワールの佳作である。フランスのフィルム・ノワールは21世紀においても更新され続けている。

更新されたポイントは、冒頭のスピード感溢れるアクションシーンに象徴的に集約されている。『トランスポーター』や『タクシー』といったアメリカナイズされたフレンチ・アクションの一般化が良くも悪しくも影響しているのだろう、本作はそこを"いいとこ取り"し、フィルム・ノワールの質感をキープした上で畳み掛ける展開の早さが見事。アラン・コルノー晩年のノワール映画『マルセイユの決着(おとしまえ)』(07)でもバイクを使ったアクションシーンが秀逸だったように、バイクが、逃げ去ろうとする殺し屋ロシュディ・ゼムを後ろから激しく吹っ飛ばすシーンが半端ではない。

この冒頭の展開の早さが映画全体のリズムを規定し(とはいえ、全編が殊更無用にスピーディーなわけではなく)、"愛と復讐の物語"という長大に成りかねないテーマを85分という絶妙の尺に収めることに成功している。この点に関して言えば、ジョニー・トーの近作『冷たい雨に撃て、約束の銃弾』(09)の決定的瞬間を詩的に引き延ばす香港ノワール・フィルムの21世紀的傾向とは対極のベクトルを示していると言えるかもしれない。

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一方、フレンチ・フィルム・ノワールの伝統がそのまま受け継がれた特徴を幾つか挙げるとすれば、それは、ファム・ファタールの不在、男同士の友情と裏切り、権力との闘い、俳優陣の不敵な面構え、ということになるだろう。

アメリカのノワール・フィルムと違って、フレンチ・フィルム・ノワールでは、ファム・ファタールが登場せず、時にホモソーシャルな男同士の友情と裏切りが主題となる傾向が強いことは、既に良く知られていることだが、本作の場合ホモソーシャルな気配は薄いものの、概ねその鋳型があてはまると言える。ファム・ファタールの代わりに登場する、事件に巻き込まれて誘拐される主人公の妻(エレナ・アナヤ)は、実際の妊婦であり、観客の感情に直接的に訴えかける。この点で言えば、ソダーバーグの『トラフィック』(01)に妊婦姿で出演したキャサリン・ゼタ=ジョーンズが、メジャーな娯楽映画における21世紀的リアリティを担保するひとつの要素として、リアルに妊娠している女優がそのまま映画に出演するというスタイルに先鞭をつけたといえるのかもしれない。

本作の男達の世界について言えば、ヒッチコック的巻き込まれ型主人公である一般人サミュエル(ジル・ルルーシュ)と事件の行きがかり上、主人公と共闘することになるプロの殺し屋サルテ(ロシュディ・ゼム)の間にやがて友情めいた感情が芽生えていくことを私たちは目撃することにはなるのだが、フィルム・ノワール的裏切りの応酬は、追われる側ではなく追う側の国家公権力の中に仕込まれていて、人間関係は比較的シンプルに留められている。この点も、語りの経済性を優先した脚本の勝利と言えそうだ。

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その裏切りの応酬は、ジャン=ピエール・メルヴィルが確立した、ヴィシー政権下の対独レジスタンスに端を発するフレンチ・フィルム・ノワールの伝統に倣って、"警察"を舞台に、悪人と善人が拮抗する場として皮肉と諧謔を込めて描かれるのだが、主人公サミュエルと殺し屋サルテが、犯罪者とそれを連行する刑事に偽装して警察に侵入するシーンで、どちらがどちらの役をやるか、という話になり、見るからに悪人顔の殺し屋サルテが、「お前はどう見ても善人にしか見えないから、犯罪者の方をやれ」とサミュエルに言うシーンが痛快だ。

その殺し屋サルテを"本当の悪人"という意味では軽く凌駕する、刑事ヴェルネールを演じるジェラール・ランヴァンの存在感が素晴らしい。同じランヴァンが出演したギャング映画で野郎長大な『ジャック・メスリーヌ』という映画があったが、全く何もせずに、ただそこに佇んでいるだけのように見える本作のジェラール・ランヴァンの方が何倍も素晴らしいことは今更言うまでもない。この名優と殺し屋ロシュディ・ゼム、二人の強烈な存在感、不敵な面構えを際立たせるカヴァイエ監督の演出こそが、本作の最大の魅力であるといって良いかもしれない。


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Comment(1)

Posted by 小十郎 | 2013.05.22

絶品。息も吐かさぬ展開GOOD男臭い脇役又いい。何が正義?

『この愛のために撃て』
英題:A BOUT PORTANT

8月6日(土)より、有楽町スバル座、ユーロスペース他全国順次公開
 
監督・脚本:フレッド・カヴァイエ
音楽:クラウス・バデルト
出演:ジル・ルルーシュ、ロシュディ・ゼム、ジェラール・ランヴァン、エレナ・アナヤ

© 2010 LGM FILMS - GAUMONT - TF1 FILMS PRODUCTION - K.R. PRODUCTIONS

2010年/フランス/カラー/シネマスコープ/ドルビーデジタル/85分
配給:ブロード・メディア・スタジオ

『この愛のために撃て』
オフィシャルサイト
http://konoai-ute.com/
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