『リダクテッド 真実の価値』

上原輝樹
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「リダクテッド 真実の価値」(原題:Redacted)は、イラクで米国陸軍部隊が14歳の少女をレイプし、その家族を惨殺し火を放つ、という実際に起きた忌わしい犯罪行為と、こうした生々しい戦渦を一向に報道しようとしないマスメディアに業を煮やしたブライアン・デ・パルマが、賛否両論を覚悟の上で作り上げた渾身の"フィクション"だ。

かつてアメリカでは、ベトナム戦争(1959〜1975)の悲惨な戦場の様子がTV画面を通して広く放映され、影響を受けた学生や市民の動きは全米各地で本格的な反戦運動へと発展した。デ・パルマ監督は、このときに「映像こそが戦争を止める」という信念を得たという。

米政府はベトナム戦争のトラウマから、戦時の報道管制を強めていく。1991年の第一次湾岸戦争、時のブッシュ政権はジャーナリストの取材を厳しく規制、その結果TV画面では、遠くで飛び交うミサイル砲の光が、さながらテレビゲームのように写されるばかりで、生々しい戦禍が報道されることはなかった。そして、2001年の9.11に端を発した米国の対テロ戦争は、アフガニスタン、イラクへ侵攻、先行きが全く見えない戦争へと突入しているが、この間も米国のマスメディアは、戦場の生々しい映像を放送することはなかった。こうした事態は、政府の報道管制によるものだけではなく、水面下では、米国民主主義の根幹、表現と報道の自由を揺るがす、より深刻な事態が進行していたことが今や明らかだ。マスメディアによる報道の自主規制は、ロバート・レッドフォードの「大いなる陰謀(Lions for Lambs)」(2007)で、メリル・ストリープ演じるジャーナリストによって体現され、報道倫理が崩壊していくプロセスは、マイケル・マンの「インサイダー(The Insider)」(1999)でより詳細に、実話に基づいたフィクションとして描かれている。現在では「インサイダー」の題材となったCBSを含む米国の3大ネットワーク(NBC,ABC,CBS)は、すべて巨大企業に買収されており、関連企業の利権を最優先して不都合な事実は報道されない。それどころか、FOXネットワークのように、テロリズムの脅威を煽るようなドラマ「24」や政府御用達の報道番組を量産し、対テロ戦争の継続をマスメディアが積極的に支援するという事態が日常化してしまっているのが現状だ。

こうした「redacted」(削除編集)された報道の日常に怒りを感じていたデ・パルマ監督は、米兵によるイラクでの忌わしい犯罪行為を知り、なぜこのようなことが起こってしまったのか、その答えを探し求め、兵士たちのブログや本を読み、ホームビデオ映像や彼らのウェブサイト、そしてYouTubeの投稿映像を見たのだという。怒りに突き動かされたこうした行為自体、様々な感情が激しく渦巻く地獄巡りのようなものだったことだろう。「redacted」は、この地獄巡りの旅を通じて採取された、マスメディアでは報道されなかった数々の事実で構成されている。そして「映像こそが戦争を止める」という監督の信念は、社会的責任を背負った言葉として今後その真価が問われることになる。同時に、その「映像」の作り込みにはデ・パルマ監督の作家生命を賭けた勝負がなされている。それは、最後のシーン、この映画中最もおぞましく作り込まれたショットに、生涯"フィクション"を作り続けてきた映画作家の執念が"恨み"を込めて造形されているように見える。


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『リダクテッド 真実の価値』
REDACTED

2008年10月25日公開

監督/脚本:ブライアン・デ・パルマ
製作:シモーン・アードル、ジェニファー・ワイス、ジェイソン・クリオット、ジョアナ・ヴィセンテ
製作総指揮:トッド・ワグナー、マーク・キューバン
撮影:ジョナサン・クリフ
美術:フィリプ・バーカー
編集:ビル・パンコウ
出演:パトリック・キャロル、ロブ・デバニー、イジー・ディアズ、マイク・フィゲロア、タイ・ジョーンズ、ケル・オニール、ダニエル・スチュアート・シャーマン

2007年/アメリカ・カナダ/90分/DOLBY DIGITAL/1:1.85
©2007 HDNet Films LLC.

『リダクテッド 真実の価値』
オフィシャルサイト
■日本
http://www.cinemacafe.net/
official/redacted/

■US
http://www.redactedmovie.com/
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