『ダウンサイズ』

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科学技術の進化・発展がこの先何を生み出すのかわからない、
人類の現在と未来に壮大な憂いを寄せる野心作

上原輝樹

映画は、ノルウェイの研究所が生物を14分の1サイズ(質量、体積比的には0.0364%)に縮小する実験に成功した、という荒唐無稽な設定から始まる。そこまで大胆な設定で攻めてくるならば、見る側も大いにその法螺話を楽しんでやろうという気概で受け止めるしかないが、"ビガー・ザン・ライフ(Bigger than life)"であることが映画的なことであると振る舞い勝ちなアメリカ映画において、その逆を行こうとする、その発想自体がアレクサンダー・ペインならではの皮肉に満ちている。

"ダウンサイズ"技術の発明以来、十数年の歳月が過ぎ、ノルウェイに端を発した技術革命は世界に普及、アメリカには"レジャーランド"という小さくなった人間専用の居住区が設けられていた。そこでは小型化した人間が襲われないように、危険生物を排除した安全な環境が整備され、人々は極少量の生活資源で"地球に優しい"生活をしている。何よりも魅力的なのは、現行の世界で持っている金融資産が82倍になることであるという。何もかもが小さいので、生産コストも低いということか。ミニチュア大邸宅のドレスルームに誂えられた大量のワードローブを見ていると、極小の物を精密に作るには相当高度な技術が必要とされるだろうから、原料が少なくても生産コストが何十分の一になることはないのではないか?といった野暮な疑問が頭をもたげてきたりするが、ネブラスカ州オマハで慎ましく暮らす主人公ポール・サフラネック(マット・デイモン)が、もう少し良い暮らしをしたいと願う愛妻オードリー(クリステン・ウィグ)の期待に応えるには、もはや"小さくなるしかない"と思い込むに至る描写にはそれなりの説得力がある。『アバウト・シュミット』(02)や『ファミリー・ツリー』(11)で社会風刺の効いたビターな家族ドラマに手腕を発揮してきたアレクサンダー・ペインの面目躍如である。

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『ダウンサイズ』(17)が、今までのアレクサンダー・ペイン作品と大きく異なるのは、作品の"小さくなる"というテーマとは真逆に、"大きくなった"作品の規模だ。比較的小規模で自然主義的リアリズムの作品を手掛けてきたアレクサンダー・ペインにとって、SF的プロダクション・デザインを必要とする本作の製作は大きな挑戦であっただろう。事実、この作品のアイディアは『ファミリー・ツリー』(11)を作る前に生まれていたものだが、資金繰りが上手く行かず頓挫している間に、『ファミリー・ツリー』(11)と『ネブラスカ』(13)を撮り、ついに撮り上げた念願の作品である。アレクサンダー・ペイン念願の企画『ダウンサイズ』(17)は、SFコメディとしてみれば、一定の水準を充分にクリアしていると言って良い。縮小人間にとっては、"トンボ"や"蝶"といった自然界の生き物は巨大生物となり、一口サイズの"クッキー"や"結婚指輪"、一輪の"薔薇"も両手でやっと抱えることが出来る巨大サイズとなる。飛行機やバスといった公共機関では、通常サイズと分けて、縮小人間用のエリアが設えられており、そうしたプロダクション・デザインを見る愉しみが本作にはあり、"フォト・リアリティ=実写的現実感"に拘って、極力CGは使わないようにしたという監督のリアリズムも見るものに伝わるはずだ。

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その意味でも最も目を惹くのは、縮小人間と通常人間が画面内に同居するシーンの数々であり、映画は冒頭シークエンスの"縮小人間スペクタクル"からして見るものの視線を惹き付けるだろう。この映画の中で最もコミカルなシーンも、縮小したマット・デイモンがある書類にサインをしなければならないシーンや、通常人間が"ダウンサイズ"処理を施された直後に施術台の上に極小サイズで並んでいるのを看護師たちが卵焼きのヘラのようなもので移動させるシーンなどに集約されている。しかし、アレクサンダー・ペインは、そうしたコメディ的愉楽だけでは満足しない。縮小して"レジャーランド"に住み始めたポールには更なる冒険の旅が待ち受けているのである。

"レジャーランド"に住み始めたポールは、同じ"高級マンション"の階上に住む"ユーロトラッシュ"ドゥシャン(クリストフ・ヴァルツ)と出会う。デゥシャンは、大小人間界の間に生じた"グレーゾーン"で巧みに商売をして荒稼ぎをしては、夜な夜なパーティーを繰り広げている享楽的な人物である。デゥシャンの友人として自ら所有する船で世界を旅する"船長"コンラッド(ウド・キア)なる人物も登場する。毎晩パーティーを繰り広げた翌朝には、部屋を掃除するための掃除夫の一団がドゥシャンの部屋を訪れるのだが、その中で片足が不自由なアジア人女性にポールの目が留まる。彼女は、ポールが以前テレビで見た、ベトナムで反体制活動をして捕まり、政府の手によって"縮小"されてしまった活動家"ノク"(ホン・チャウ)だった。過密化した地球環境を救う"夢の技術"と思われていた縮小技術が、結局は権力の手によって"間違った"使われ方をしていく。アレクサンダー・ペインが描くのは、ユートピア幻想の先にあるディストピアの世界である。

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ディストピア"レジャーランド"で、ポールは、ネブラスカのオマハで暮らしていたら一生知り合うことがないであろう、不良ヨーロッパ人やアジア人活動家と出会い、"縮小技術"発祥の地ノルウェイへとある使命を帯びた旅に出ることになるのが、いかにも人の良さそうなマット・デイモンが演じる、いわゆる"普通のアメリカ人白人男性"であるポールが、片足が不自由な元活動家の"アジア人女性"ノクにレジャーランドの裏側にある貧民街に連れて行かれ、召使いのように酷使される様は、ある種異様ですらある。シネコンで普通に上映されている娯楽映画を見ていたら、いつの間にか途中でワン・ビン(中国のドキュメンタリー映画作家)の映画にすり替わっていたかのような驚きがあるからだ。『ダウンサイズ』(17)は、科学技術の進化・発展がこの先何を生み出すのかわからない、人類の現在と未来に壮大な憂いを寄せる野心作であり、『サリヴァンの旅』(41)の21世紀におけるアレクサンダー・ペイン版変奏曲である。


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『ダウンサイズ』
原題:Downsizing

3月2日(金)公開
 
監督・脚本・製作:アレクサンダー・ペイン
脚本・製作:ジム・テイラー
製作:マーク・ジョンソン
プロダクション・デザイン:ステファニア・セラ
編集:ケヴィン・テント
VFX:ジェームズ・E・プライス
衣装:ウェンディ・チャック
音楽:ロルフ・ケント
出演:マット・デイモン、クリステン・ウィグ、クリストフ・ヴァルツ、ホン・チャウ、ウド・キア、ジェイソン・サダイキス、ニール・パトリック・ハリス、ローラ・ダーン

© 2017 Paramount Pictures. All rights reserved.

2017年/アメリカ/135分/カラー/シネマスコープ/SRD
配給:東和ピクチャーズ

『ダウンサイズ』
オフィシャルサイト
http://downsize.jp
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