『風にそよぐ草』

鍛冶紀子
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『風にそよぐ草』を観たのは2010年のフランス映画祭のときだったから、実にあれから1年半の時が過ぎた。しかし、未だ鮮明にその映像を思い出すことができる。映像の美しさに定評のあるアラン・レネだが、今回はそこに透明感が加わり、ときに淡い水彩画を思わせるような映像が非常に印象深い。

特にインパクトが強かったのは「色」。シーンごとに色の使い分けがなされ(オープニングのひったくりシーンは黄色、警察のシーンは青、映画館の夜は赤、そして飛行場のシーンは緑といった風に)、それによって筋書きが持つ以上のサスペンス味やドラマティック味が加わっている。これといった危険を含むわけではないワンシーンが、青い色彩に染まることで一挙に不穏な空気を帯びたり、これといって濃密な何かがあるわけではないワンシーンが、赤い色彩に染まることで官能的に見えたりする。その様がなんとも洒脱。ソフトフォーカス気味の映像と相まって、その世界観は現実と夢の狭間といった感じだ。そもそもストーリー自体が現実と夢の狭間のような展開なので、その浮遊感は映像によるものばかりではないのだが。

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アラン・レネはインタビューで原作の持つ「限りなく即興に近い要素」に触れ、それを活かすため、レネ本人はもちろん、美術デザイナー、キャメラマン、音楽担当らにプランに縛られることなく動いてもらったことを語っている。まさにヌーヴェル・ヴァーグ!「ゴーティエは何のためらいもなく、色彩を混ぜない単色を使った。単色のあとに別の単色がくる。何のクッションもなく、ディゾルブもなく。」印象的な色彩設定はキャメラマンのエリック・ゴーティエによるもののようだ。86歳の感性と47歳の感性が掛け合わされた結果、この瑞々しく美しい映像が生まれた。すばらしいことだ。

本作はまさに大人の恋愛映画......なのだが、どこか可笑しくどこか物悲しく、なんかズレていて、なんとも言えず妙。何度心の中で「えー!」と叫んだことか!レネの言葉を借りるならば、まさに「ノン」と「ウィ」が同時に存在する二重性を持った物語なのだ。

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主人公はレネ作品でおなじみのサビーヌ・アゼマ演ずるマグリットと、アンドレ・デュソリエ演ずるジョルジュ。毎度のことながら、レネはオープニングを作るのが上手い。今回も非常に印象的なオープニングシーンとなっている。タイトルになっている"風にそよぐ草"から始まり、街を歩く人々の足へと切り替わる。キャメラは足の主であるマグリットを写し、ナレーションも加わって軽やかにテンポよく物語が動き始める。

ショッピング帰りのマグリットはショルダーバッグをひったくられる。そして、そのショルダーバッグをジョルジュが拾う。財布にはマグリットの小型飛行機の操縦免許が入っていた。警察官(マチュー・アマルリック)という仲介人を得て二人は互いの存在を知ることに。盗まれた人と拾った人。それだけで終わるはずだった接点は、免許書を見た瞬間にはじけたジョルジュの恋心によって思わぬ形で絡まり合っていく。

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ジョルジュの真っ直ぐだが不器用すぎる(二重性に満ちた)アプローチがあまりに子どもじみていて笑いを誘うのだが、中年男(しかも強面)が真面目にやっているとなると些か狂気を帯びていて、当然マグリットは繰り返しジョルジュを拒絶する。しかし!突き放す度に相手の存在が自分の中に浸食し(「ノン」と「ウィ」の共存)、気づいた時にはマグリットの方がジョルジュを気にしているという逆転劇が起こる!そこにジョルジュの妻(アンヌ・コンシニ)やマグリットの同僚(エマニュエル・ドゥヴォス)が加わって、物語は突拍子も無い展開を見せる。

それまで全く関わりのなかった二人の人生が、ひょんなことから交差し、やがて至近距離で平行し始める。中年という、ある意味すでに固定化(安定ともいう)した人生を送る男女。それぞれの暮らしは出会い以前からのビートを刻みつづけながらも、出会い、並走することで新たなリズムが生まれる。そしてそのリズムはときに衝動を持つ。

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ジョルジュの一連の行動はまさに衝動以外の何ものでもない。その衝動はアスファルトをつきやぶって地上に姿を現す草のように強い。その強い衝動を示すがごとく、シーンはシチュエーションを伴って細かく断片的に変わっていく。地上を這うようにローアングルから始まった映像は、彼らの生活圏を自由に動き回り、やがて上空を舞い、「ノン」と「ウィ」を同時に存在させながら終わりを告げる。

平行させ、やがて一体化させる。これはレネがこれまで多くの作品で描いてきたことだ。『夜と霧』(55)では過去と現在を、『去年マリエンバードで』(61)では記憶と事実を、『二十四時間の情事』(59)では国の違いと悲劇の共通性を。さらに、近年のレネの作品は、人生にはいつだって出会いによって新たなリズムが生まれる可能性があることを示すものが多い。そういった意味では、本作はアラン・レネの集大成といっても過言ではないのかもしれない。現在89歳のレネ。103歳で新作を発表したオリヴェイラを思えば、次回作の可能性はまだまだある。今度はどんな世界を見せてくれるのか、楽しみに待っていたい。


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『風にそよぐ草』
英題:Les Herbes Folles

12月17日(土)、岩波ホールほか全国順次ロードショー
 
監督:アラン・レネ
脚本:ローラン・エルビエ
原作:クリスチャン・ガイイ
撮影:エリック・ゴーティエ(A.F.C)
音楽:マーク・スノー
製作:ジャン=ルイ・リヴィ
出演:サビーヌ・アゼマ、アンドレ・デュソリエ、アンヌ・コンシニ、エマニュエル・ドヴォス、マチュー・アマルリック、ミシェル・ヴュイエルモーズ、エドゥアール・ベール

© F COMME FILM.

2009年/フランス、イタリア/カラー/104分/シネマスコープ/ドルビーSRD
配給:東宝東和

『風にそよぐ草』
オフィシャルサイト
http://kaze-kusa.jp/
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