『マルセイユの決着(おとしまえ)』

上原輝樹
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自らのギャング&刑務所服役時代の体験を小説に書き一躍脚光を浴びた、フランス人小説家ジョゼ・ジョバンニ原作『ギャング』(1966年、ジャン・ピエール・メルヴィル監督)の完全リメイク『マルセイユの決着(おとしまえ)』は、映画生誕の地、フランスから42年ぶりに届けられた、時代錯誤感満載の愛すべき暗黒映画だ。

ジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』が1960年に公開され、そこでは、若いチンピラを地のままに演じたかのようなジャン=ポール・ベルモンドとアメリカからの留学生を演じたジーン・セバーグの、すれ違う男女の会話が活き活きと捉えられ、パリの街頭で隠しキャメラで撮影した動きに満ちたモノクロ映像がジャズと共に踊り、当時では全く斬新だったジャンプ・カットの連続に観客は度肝を抜かれた。同じようにニューヨークの街頭で撮影され、チャールズ・ミンガスのジャズが炸裂した、1959年のジョン・カサヴェテス『アメリカの影』には、ほんの数ヶ月の遅れをとったものの、新しい現代的な映画の登場に世界が湧いた。<ヌーヴェル・ヴァーグの最高傑作>の誕生だった。この『勝手にしやがれ』をはじめ、ゴダール作品は常に"時代精神"との格闘の中にあり続けてきた。多くの優れた映画作品は、"時代精神"と敵対することで、新しい観客の知性と感性に働きかける。

しかし、『マルセイユの決着(おとしまえ)』は、そのような映画ではない。『勝手にしやがれ』が、1940〜50年代のアメリカのフィルム・ノワールへのオマージュでありつつも、極めてスタイリッシュで現代的な新しさを提示し得たのと対照的に、1950〜70年代まで盛んに作られた一連のフレンチ・フィルム・ノワールの一作、メルヴィル監督の『ギャング』の場合、公開された時点で既に時代の潮流に取り残されたアナクロニズムの饐えた薫りを放っていたに違いない。そんな映画のリメイクにもかかわらず、フランス人は国民的俳優ダニエル・オートゥイユを主演に据え、イタリアからモニカ・ベルッチを招き入れ、40億円もの製作費を投じて本作を製作してしまう。フランス人のフィルム・ノワールへの愛情は42年前と何ら変わっていない。

この国民的愛情の付託を受けたのが、原作者ジョゼ・ジョバンニとも親交が深いアラン・コルーノー監督、70年代にフィルム・ノワールの監督として名を上げ、その後『インド夜想曲』や『めぐり逢う朝』で幅広い題材を手がける実力派監督して高い評価を受ける。映画は"時間"の芸術である、とよく言われるが、本作は156分という長尺の"時間"を感じさせず、むしろ、映画は"空間"の芸術である、と反論した若きヌーヴェル・ヴァーグの闘志たちの理論を実証するかのような、恐らくは、香港フィルム・ノワールのカリオグラフィーにインスパイアされたであろう、金塊強奪のアクションシーンが素晴らしい。殺される2人目の警官の行動は、ほんの数秒の描写にもかかわらずダンディズム溢れる忘れ難い名シーンとして記憶に残る。

脇を固める俳優陣も素晴らしい。元フランス代表のサッカープレーヤー、エリック・カントナが屈強な体つきで野蛮な存在感を示すことに成功しているが、さらに特筆すべきなのが、濃厚なダンディズムの芳香を漂わせながら敵対する二人の色男の存在だ。主人公ギュを助ける一匹狼の老獪なギャングを、フランソワーズ・アルディーとの間に息子を持つジャック・デュトロンが演じ、ギュと対立する血気盛んな若いギャングを、リュディヴィーヌ・サニエとの間に娘を持つニコラ・デュヴォシェルが演じている。役名すらないギャング、ひとりひとりの顔立ちも、殺伐とした面構えを揃えて隙がない。<フィルム・ノワール>の流儀にのっとって、全編を通して感情を押さえた演出がなされている本作だが、ラストシーンで、凄惨な最期を遂げる主人公が、最愛のひとの名を口にする時、最期の最期で愛という狂気を表出させるこの男のおとしまえの着け方に、観客は大いに感情を揺さぶられることだろう。


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『マルセイユの決着(おとしまえ)』
Le Deuxième souffle

12月20日(土)シアターN渋谷他にて全国順次公開

製作:ミシェル・ペタン、ロラン・ペタン
監督・脚本:アラン・コルノー
台詞:ジョゼ・ジョヴァンニ、アラン・コルノー
原作:ジョゼ・ジョヴァンニ「おとしまえをつけろ」(早川書房刊)
撮影監督:イヴ・アンジェロ
美術:ティエリ・フラマンADC
編集:マリー=ジョゼフ・ヨイオット
衣装:コリーヌ・ジョリー
音楽:ブルュノ・クレ
出演:ダニエル・オートゥイユ、モニカ・ベルッチ、ミシェル・ブラン、ジャック・デュトロン、エリック・カントナ、ニコラ・デュヴォシェル、ダニエル・デュヴァル、ジルベール・メルキ他

2007年/フランス/156分/DOLBY DIGITAL/DTS/1:2.35/カラー
©ARP-TF1 FILMS PRODUCTION-2007

『マルセイユの決着(おとしまえ)』
オフィシャルサイト
http://m-otoshimae.com/
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