長編デヴュー作『空(カラ)の味』(2016)で第10回田辺・弁慶映画祭のグランプリを受賞した塚田万理奈が、10年を掛けて16mmフィルムで子どもたちを撮影する劇映画『刻-TOKI-』のプロジェクトから派生した『満月(みつき)』(2020)と『世界』(2022)が、オムニバス映画『満月、世界』として9月21日(土)から渋谷ユーロスペースほか、全国のミニシアターで順次公開される。『満月、世界』は、既に9月6日(金)に公開されて大ヒットを遂げている山中瑶子監督『ナミビアの砂漠』(2023)、9月27日(金)にロードショー公開される五十嵐耕平監督『SUPER HAPPY FOREVER』(2024)、10月4日(金)公開の空音央監督『HAPPYEND』(2024)らと並んで、日本映画新時代の息吹を感じさせる注目の作品である。
『満月』も『世界』も、塚田監督が『刻-TOKI-』を作っていく過程で出会った満月(みつき)や秋(あき)といった子どもたちと共に作り上げていった作品で、『満月』は16mmフィルム、『世界』はデジタル、いずれも監督の地元長野で撮影されている。『満月』は、小説を書いたり、音楽を聴いてダンスをしたりする、自分の世界を持つ満月の日常を描いた作品、『世界』は吃音のある秋が暮らしづらさを抱える日常の中で“世界”を発見していく物語で、いずれの作品も現実と隣接する虚構の世界の中に、地方で暮らす中学生の繊細な息遣いを、美しくも儚く移ろいゆく陽光の下に捉えた、瑞々しい青春映画である。『満月、世界』は、フィクションであると同時に、彼女たちの“今しかない”限られた時間をドキュメントする試みであり、その両義性が、商業映画的プロフェッショナリズムに抗って、塚田万理奈自身の存在を作品の中に投影することを可能たらしめている。
かつて、ペドロ・コスタは「“映画”が人生で一番大切なことになってはいけない」と語ったが、塚田万理奈は、“映画”に自らの全人生を投入しなくても映画を作ることは出来る、ということを証明しつつある。インタヴュー冒頭から、「映画の都合のためにそこにフェイクが入るということが美意識として許せない」と語る、何も隠さない率直さと、子どもたちに対する繊細な心遣いが共存する、彼女の倫理的姿勢がビシビシで伝わってくるインタヴューを是非ご一読頂きたい。
1. 映画の都合のために、撮影期間とかロケ地が限定されるのは悔しいという思いがあります |
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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):まず最初に、10年間をかけて子供たちを16mmフィルムで撮影するというプロジェクト『刻-TOKI-』について教えて頂けますか?
塚田万理奈:はい、『刻-TOKI-』は私が中学時代から大人になるまでの実体験を基にした脚本から生まれた、子供たちが大人になるまでの10年間を描く群像劇です。私にはずっと忘れられない過去があって、それを脚本に起こして映画を撮りたいと思ったんです。今まで映画を作ってきて、大人役/子役っていうふうに分けられて映画が作られていることに違和感があって、私も一人の人間で役も一人の人間なのに、映画の都合のためにそこにフェイクが入るということが美意識として許せないところがあって。私は商業映画の監督でもないし、好きなようにのんびりと生きている人間なので、一人の人間に一人の役を任せて、10年位を掛けて、私の地元である長野の子供達と一緒に映画を作ろうということで始めたプロジェクトです。私は学生時代(日本大学芸術学部)にフィルム撮影を学んでいましたので、16mmフィルムで撮影をするということは最初から選択肢の中にあって、この作品を撮ろうと思った時、フィルムはデジタルのような信号ではなくナマモノですから、人間を撮るのにナマモノの媒体を使うっていう概念自体が好きで、フィルムで撮りたいと思ったんです。 OIT:その“フェイク”な感じというのは、具体的にはどういうことでしょうか?
塚田万理奈:映画を作っていて、常々、それとの戦いだと思ってるんですけど、私たちの実際の人生は映画程わかりやすくなかったり、キレイじゃなかったりして、実際はそれが本物だと思うんですけど、極力、その“本物”を撮りたいという思いがあるんです。映画では、カメラが回っていて、脚本を映像にしているというフィクションの世界ではあるんですけど、自分たち人間が考えてきたことを表現するのに、なるべく本物に近い状態で撮りたい、本物に近いものを作りたいっていう気持ちが、いつも映画を作る上での戦いだったなと自分では思っているんです。映画の都合のために、撮影期間とかロケ地が限定されるのは悔しいという思いがあります。 OIT:そうすると、商業映画や娯楽映画とは異なるアートフィルムという世界があると思いますが、ご自身が撮りたいのはアートフィルムであるという言い方で、ある程度表現することは出来ますか?
塚田万理奈:そうですね、私は映画を撮りたいと思ったことはあまりなくて、自分が撮りたいものを表現するのに、映画という方法しか知らないという感じなんです。ですので、アートフィルムと商業映画のどちらを撮りたいという感覚はあまりなくて、撮りたいものを撮りたいということです。それが結果的にアートフィルムなのだと言われれば、そうなのだと思います。 OIT:10年掛けて一つの作品を撮るという試みは、もちろん映画史にも前例があって、最近ですと、リチャード・リンクレイターの『6才のボクが、大人になるまで。』(2014)があります。これは12年間、子役のエラー・コルトレーンを断続的に撮影したものですね。
塚田万理奈:そうですね。リチャード・リンクレイターは大好きです。 OIT:ドキュメンタリーでも凄い作品があります。例えば、イギリスのドキュメンタリー映画ですが、『The UP series』という作品があって、一番最初が『7 UP』という作品で1964年に作られました。7才の子どもたちを14人集めて、その日常を捉えたドキュメンタリー映画です。その次は、同じ14人の子どもたちを7年後に撮影した『14 UP』(1970)なんです。
塚田万理奈:えー、いいですねー。 OIT:その次は、また7年後に同じ14人を撮影した『21 UP』(1977)、その次は『28 UP』(1984)、『35 UP』(1991)という感じでずっと継続していく。いまだに続いていて、最新版は2019年に取られた『63 UP』、1964年に7才だった子どもたちが、その時点で63才の高齢者になっている。
塚田万理奈:凄い!それは絶対に見てみます。それは公開された作品で、DVDとかあるんですか? OIT:日本では公開されてないと思います。DVDはイギリスならあると思いますけど、日本ではないと思うんですよね。
塚田万理奈:上原さんは、どうやってご覧になったんですか? OIT:私は1991年にニューヨークにいた頃に偶然見たんです。私が見たのは『21 UP』だったんですけど、イギリスって階級社会ですよね、子どもの頃はみんな、悪ガキだったり、可愛らしかったりしているわけですが、青年になるとシュッとする子もいれば、ドラッグ中毒とかになっている子もいる、それが階級の違いを反映していて生々しいんです。人間の成長のドキュメントであるだけではなくて、イギリスの階級社会のシビアな側面が濃厚に反映された作品です。
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『満月、世界』 9月21日(土)より、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開 監督・脚本・編集:塚田万理奈 撮影部:芳賀俊、五十嵐一人、沼田真隆、髙橋優作、高橋史弥 録音:杉本崇志 制作:月原はる菜、草深将雄 ポストプロダクション:White Light Post、IMAGICAエンタテインメントメディアサービス プロデューサー:今井太郎 出演:満⽉、涌井秋、⽟井⼣海、河野真由美、⼭本剛史、池⽥良 2023年/日本/66分/カラー/ビスタ/5.1ch 配給:Foggy 配給協力:アークエンタテインメント 『満月、世界』公式サイト https://movie.foggycinema.com/ mitsukisekai/ |
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