前作『光のほうへ』(10)でニック・ケイブ&ザ・バッドシーズのアルバム「The Good Son」のポスターを貼った部屋に暮らす、苛酷な人生の中でも、”最後の善良さ”を失わず生きようとする男を一貫して擁護してみせた、トマス・ヴィンターベア監督は、新作『偽りなき者』では、ヴァン・モリソンの「Moondance」を冒頭から流し、本人には何一つ落ち度が無いにも関わらず、ちょっとしたボタンの掛け違いから、幸せな日々の生活を失っていく”受難者”の闘いを描いている。
”受難者”となる幼稚園教師ルーカスを演じ、第65回カンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞したマッツ・ミケルセンの、やり場の無い怒りを体に秘め、いずれマグマが爆発する予感を漂わせて行く、抑制を利かせた演技が素晴らしい。その、ミケルセンと拮抗する存在感をみせるのが、ルーカスの長年の親友であるテオを演じる、『セレブレーション』(98)、『ディア・ウエンディ』(05)とヴィンターベア作品に出演してきたトマス・ボー・ラーセン。昨年の東京国際映画祭で監督作品『シージャック/Kapringen』(12)が好評だったトビアス・リンホルムが、『光のほうへ』に続いて共同脚本としてクレジットされている。
デンマークには「子どもと酔っぱらいは嘘をつかない」ということわざがあるのだという。しかし、実際の子どもたちは、現実と想像の曖昧な領域の世界を生きている。本作『偽りなき者』は、そんな無垢な子どもが発した言葉が、閉鎖的な村社会の中でウイルスのように"恐れ"を蔓延していく不条理と、その逆境の中で闘うヴィンターヴェア的主人公の魂の擁護を描いた、男気に溢れる映画であるといえるかもしれない。しかし、原題:JAGTEN(英題:THE HUNT)というタイトルを持つ本作は、マイケル・チミノの傑作『ザ・ディア・ハンター』(78)との皮肉な対話を通じて、21世紀において男気を溢れささせることの難しさをも問いかけているようにも見える。ここに、ロンドンのエージェントによって行なわれた、ヴィンターベア監督のオフィシャル・インタヴューを掲載する。
1. マッツ・ミケルセンが参加することになって、主人公のキャラクターを変えた |
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Q:マッツ・ミケルセンとの仕事いかがでしたか? トマス・ヴィンターベア(以降TV):マッツは本当に熱心な人だ。マッツからの質問攻めに合うから、監督の立場として僕は朝早くから準備をしなければならなかったぐらいだよ。彼と一緒に仕事をするのはすばらしい体験だった。それに、いろいろと手伝いをしてくれるんだ。物を運んだり、脚本家(トビアス・リンホルム)のことも手助けしてたし、子供たちや動物の世話をしたりと、休みなく動いていた。ずいぶんと目まぐるしく動き回っていたね。「マッツ、僕がちゃんと見てるから大丈夫だよ。撮影も問題ないから、ちょっとゆっくりしていてくれよ。」と言わなきゃならない時もあったくらいさ。ここで告白するけど、実は、脚本家と話し合って、彼の役柄を書き変えたんだよ。元の脚本では、もっとタフで一匹狼のような、労働者階級のヒーローのような役柄だったんだ。でもマッツが参加することになって僕はこう思った。出演した映画や実生活でマッツはすでにヒーローの立場だ、しかもハンサムでカッコイイ。そこで、もっとソフトなキャラクター、つまり子供たちと同じ目線の幼稚園の先生、という役柄にしようと考えた。マッツもこの案を気に入っていってくれた。そうすれば、クリスチャンの見本のように温厚で我慢強い人物から、スーパーマーケットで人にヘッドバットをしてしまうような人物へとキャラクターを変えていくことができるからね。そういった変化はドラマの要素として必要なものだ。それと、マッツは以前ダンスをしていたから、体を動かして表現することが上手いんだ。舞台の世界のように体を使うことができるからそれも良い点だったね。ただ問題なのは、あまりにもハンサムでカッコイイことだった。特に同じ撮影セットで仕事をしている男性にとってはそこがネックだった。なんとかそれを壊そうと試みたけれど、それだけはうまくいかなかったね(笑)。
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『偽りなき者』 原題:JAGTEN 3月16日(土)、Bunkamuraル・シネマほかにて全国順次ロードショー! 監督:トマス・ヴィンターベア 脚本:トマス・ヴィンターベア、トビアス・リンホルム 出演:マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、スーセ・ウォルド、ラース・ランゼ、アニカ・ヴィタコプ、ラセ・フォーゲルストラム (c) 2012 Zentropa Entertainments19 ApS and Zentropa International Sweden. 2012年/デンマーク/115分/シネスコ/ステレオサラウンド5.1ch 配給:キノフィルムズ 『偽りなき者』 オフィシャルサイト http://itsuwarinaki-movie.com/ 『光のほうへ』レビュー |
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