OUTSIDE IN TOKYO
TARR BELA INTERVIEW

タル・ベーラ『ニーチェの馬』インタヴュー

3. 人は死という事実を受け入れることが出来ない。抗い、闘い、そして何とか生き続けていく

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Q:『倫敦から来た男』では制御室が全面ガラス張りになっていて外の風景と室内が自在に行き来したわけですけど、今度の新作では外と内側の行き来というより扉というのが非常に大きな存在だったのではないかと思います。家の扉もそうだし、馬小屋の扉もそうだし、扉を真正面からとるショットもあったかと思うのですが、扉について何か象徴的な意味を持たせたとかあるのでしょうか?
TB:そうですね、自分の作品の話になるとなぜかメタファーやシンボリズム、アレゴリーといったことをよく聞かれるのですが、そういったものはないといつも言っているのです。それは文学の中で成立している言葉たちだと思うんですね。ただ映画作家にとっては成立していない。何故かというと映画というものはコンクリートで作られ、確固としているものというか、動かせぬもの、唯一のものというか、コンクリートなものである。例えば人の顔であったり、登場する物体であったり、全てコンクリートで一つのものとしてそこに確固としてあるわけです。そういった映画の中で撮る一つのシーンというものは、現実に存在しているその瞬間、それしか撮れないのです。だからメタファーというのはこの場合応用できないというふうに考えています。しかし、おっしゃっていた扉なのですが、あるいは内と外とについては、これは自分が今まで凝ってきたことの一つであり、それは屋外、内と外とのコネクションであったり、例えば天候だったり、人を守るために、その天候から守られた状態の人と、そういう暴風などに振り回されている、攻撃されているような状態にあるものとの違い、というようなことを見せたい、そして見せている。それは言い換えれば、我々は生きなければいけない、ということでもある。井戸の水をこの娘が汲みに行きますが、たった(体重)45キロくらいの小柄な彼女が二つの重いバケツを持っていて、非常に重労働なわけです。それを見ているだけで、いかに、ああ人生とは冷酷なものなのかと、辛いものなのかと、皆さんは思われるのではないかと思います。ここでやろうとしていることは何か論説的なことであったり、我々が洗練されているわけでもなく、社会について何か語りたいわけでもない、何か歴史について触れているわけではないのです。ただただ人生の一つの瞬間というのを皆さんに見せたい、それについて語りたいと思って作っています。人は生きなければいけない。最後に父が娘に言うように、このじゃがいもも食べなければいけない。茹でていないので食べられないわけですよね。生のじゃがいもですから、それでも生きるためには食べなければいけない。人というのは生まれたら死にたくないわけです。死というものが最終的にあるのだけど、その事実をどうしても人は受け入れることが出来ない。抗い、闘い、そして何とか生き続けていくのです。それはもちろん扉の内でも外でも起きていることであり、それをそのまま見せたいということです。

Q:この物語を今、映画化に取りかかろうと思ったきっかけっていうのは何だったのでしょうか?
TB:人生の中で色々後回しにしていることというのは、ある時、もう今やらなければ、後はないぞという風に感じる時が来るものなのです。85年以来、この馬に何が起きたのか、あるいは起きえるのかということは何度も、99年以降、3〜4度立ち戻って会話をしていたことでした。けれどその度に何故か後回しになって、違う作品を作ったりということになっていたんです。でも終りが見えてきて、答えなければいけない時が来ていると感じた時に、作らなければというふうに感じたのです。それが何か正しい答えをきちんと出すことが出来るのならば、それは我々が未だに手をつけていない最後のものであったので、最後の作品になるであろうと、こういう風にも感じていました。

Q:終りが見えてきたというのは、何の終りですか?
TB:自分自身が決めた独裁的な判断で、自分のエンドが見えたということでした。何十年も仕事を共にしてきた仲間、最初は誰にも相談せずに一人で決めてしまったので独善的に、最初はちょっとみんな抵抗しましたけれど、理解し受け入れてくれました。30年来ずっと一緒にやってくれている技師であったり、25年間一緒にやってきた照明技師などもいるのだけれども、彼らは技師なので他の作品にも関われるでしょうし、作曲家のミハーイもミュージシャンとして活動しているので、自分の作品を作っていくだろうし、脚本家のクラスナホルカイも物書きで出版もしているから自分の世界がある。だから自分のコラボレーターはみんなそれぞれ自分の世界というか、決して自分に頼っていたわけではなく、何か一緒に仕事がしたいから集まって一緒に映画を作っていたんですね。



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