OUTSIDE IN TOKYO
Samuel Benchetrit INTERVIEW

サミュエル・ベンシェトリ『アスファルト』オフィシャル・インタヴュー


テキスト:上原輝樹

2016年の今年、是枝裕和監督『海よりもまだ深く』(16)、坂本順治監督『団地』(16)に続いて、団地映画の決定版がフランスから登場した。是枝監督と同じく、子供時代を団地で過ごしたというサミュエル・ベンシェトリ監督の『アスファルト』(15)である。ジャック・オディアール監督の『ディーパンの闘い』(15)も、団地を舞台というか、”バトルフィールド”とした映画だったが、『ディーパンの闘い』を、この強かな庶民的ユーモアに満ちた団地映画群と同列に並べるのは全く以て気が引ける。第68回カンヌ国際映画祭において、難民問題をセンセーショナルに扱った『ディーパンの闘い』を、その社会性、同時代性が故に、時代を超えて輝くに違いない『キャロル』(16)よりも高く評価したコーエン兄弟の判断は、彼らの新作『ヘイル、シーザー!』(16)における”ハリウッド10”の扱いと同様、ずいぶん頓珍漢なものだったと言わざるを得ない。『海よりもまだ深く』、『団地』、『アスファルト』の3つの団地映画に共通しているのは、人の人生が作品に結実するまでの年月の長さだ。それぞれの映画作家が生きて来た年月がこれらの映画には、人生のエッセンスとして散りばめられており、その細部の豊かさが映画に、人間的な感情を息づかせている。

『アスファルト』において、そうした感情は、アルザス地方の灰色の空と好対照を成して、オフビートなリズムの中に豊かに息づき、卓越したキャスティングと相まって、見るものの視線を活気づけてくれる。まさしくベンシェトリ監督が語っているように、”登場するだけで何かを引き起こす”ヴァレリア・ブルーニ・テデスキの演技、一瞬にして感情の迸りを画面に漲らせるイザベル・ユペール、そんな大女優を優しく包み込む18歳ジュール・ベンシェトリの柔らかな存在感、『アスファルト』は、端正なフレーミングと感度の良い色彩と音響設計、卓越したユーモアで見る者を惹き付けながら、徐々に感動のうねりを生み出す語りが見事な逸品である。それにしても、恋愛未満の微細な感情すら仄かに漂わせながら疑似母子の関係を演じたユペールとジュールの終盤のシーンが実に素晴らしく、俳優が一瞬にして感情を画面に行き渡らせる、あの技術は一体何なのだろう?と名優の演技論に想いを馳せたくなる一品でもある。今後の更なる活躍が楽しみなサミュエル・ベンシェトリ監督のオフィシャル・インタヴューを掲載する。

1. 子供時代を過ごした”団地”を舞台にした、”落ちてくる”物語

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Q:映画『アスファルト』が生まれたきっかけは何ですか?
サミュエル・ベンシェトリ:この作品は私が2005年に書いた、おんぼろ団地が舞台の『Asphalt Chronicles(英題)』の中の2つの短編に、その団地に引っ越してきたばかりの女優の話を加えたものだ。『アスファルト』で、私は、この手の題材を描く時に普通はお目にかからないような登場人物たちを通して、ある種風変わりなストーリーを作りたいと思っていた。一言で言うならば「落ちてくる」3つの物語、と言えるだろう。空から、車椅子から、栄光の座から人はどんな風に“落ち”、どのように再び上がっていくのか。『アスファルト』制作中、この疑問がいつも頭にあった。なぜなら団地に住む人々は皆、“上る”ことに関してはエキスパートだから。子供時代を団地で過ごした私にとって、そこでの生活で感じていたあれ程までに強い団結力に他では出会ったことがない。たとえ月日がたち至る所に孤独と孤立が少しずつ広がって行こうとも。
Q:実際、いつ頃からこの作品は形になっていったのですか?
サミュエル・ベンシェトリ:脚本は4年前、『J’ai toujours reve d’ etre un gangster(原題)』を撮影した直後に書いた。だが『Chez Ginzo(原題)』を監督することがすでに決まっていたので、この作品の資金集めはすぐに始めることができなかった。だから、資金集めにとりかかることができたのは『Chez Ginzo(原題)』を撮り終ってからだった。最初に出会った2人のプロデューサーは、私の名前だけで5百万ユーロ集められると言ってくれたが、私は無茶だろうと彼らに言い続けていて、実際その通りになった。それで結局『Un voyage(原題)』という別の作品を自費で製作した。このある意味辛い、ある意味救いとなった経験の直後、私は幸運にも新たに3人のプロデューサー、ジュリアン・マドン、マリー・サヴァレ、イヴァン・タイエブに出会った。『アスファルト』は、スタートの段階からこの企画を信じ、何か問題が起こった時もいつも正しい方向へ導いてくれたこの3人の力に負うところが大きい。

『アスファルト』
原題:Asphalte

9月3日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、シネ・リーブル池袋ほか全国順次ロードショー

監督・脚本・原案:サミュエル・ベンシェトリ
撮影:ピエール・エイム
美術:ジャン・ムーラン
衣装:ミミ・レンピツカ
編集:トマ・フェルナンデーズ
音楽:ラファエル
出演:イザベル・ユペール、ジュール・ベンシェトリ、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、ギュスタヴ・ケルヴァン、マイケル・ピット、タサディット・マンディ

© 2015 La Camera Deluxe - Maje Productions - Single Man Productions - Jack Stern Productions - Emotions Films UK - Movie Pictures - Film Factory

2015年/フランス/フランス語、英語/100分/DCP/1.33/ドルビー5.1
配給:ミモザフィルムズ

『アスファルト』
オフィシャルサイト
http://www.asphalte-film.com
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