OUTSIDE IN TOKYO
MICHALE BOGANIM INTERVIEW

ミハル・ボガニム『故郷よ』インタヴュー

5. 「サウンド・オブ・サイレンス」、放射能の音は、静寂の音

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OIT:それが避けられない災難への予兆となるわけですね。
MB:そうなの。それから、映画の冒頭で、人間より先に自然が反応していることが分かる。惨事は夜の間に起きている。いつ起きるかはっきりと明示していないけど。もちろんそれは意図的で、誰も何が起きているか分かっていなかったからそうしたの。でも動物たちはすでに反応していた。鳥たち、動物たちは逃げ出し、犬は吼えている。そうして動物たちの方が先に反応していたの。エンジニアでさえ理解していなくて、誰かが彼を呼ぶまで気づかなかった。でもエンジニアはその後知っているにも関わらず、人にしゃべることができない立場にあった。だから後半で彼は頭がおかしくなってしまう。知っていても、沈黙を守らなければいけなかった。雨がどういうことを意味するのかも知っているし、放射能が溢れていることも知っていた。

OIT:ところで、その後半でエンジニアが出てくる時、彼は生きているの?死んでいるの?
MB:彼は生きているわ。でもそこは曖昧にしてあるの。曖昧な人物が2人いて、彼と(廃墟で遊ぶ)少女がいる。ある意味、半分魂で半分人間みたいなものね。本当に存在しているのか、父親を思い出す少年の想像の産物なのかも分からないようにしてあるの。彼はプリピャチに戻ろうとしているけれども、頭がおかしくなって戻ることができない。答えは与えないように、曖昧にしてあるの。迷える魂かもしれない。少女についても様々な解釈があり、亡霊かもしれないし、制限区域内で生まれた子供かもしれなくて、事実に基づいて、(あの場所の)唯一の子供かもしれない。アーニャの少女時代の可能性もある。着ているのは彼女のドレスかもしれないわ。

OIT:音響的にこの映画をどう構築しようとしたのかも聞きたかったのですが、時間がないようなので。
MB:大丈夫よ。

OIT:でもそれは次の機会に残して、最後に別の質問があります。あなたがあの場所で体験した静寂はどんなものでしたか?
MB:制限区域内は特別な場所なの。完全に死んでいる場所。何の音もしない。すごい感覚よ。「音が聞こえる」と登場人物の一人が言うんだけど、まるでサイモン&ガーファンクルの歌みたいでしょ(笑)。2年間の「サウンド・オブ・サイレンス」ね。

OIT:いい終わり方ですね(笑)。
MB:(笑)まあ、でも放射能の音は、つまり静寂の音ということで、そう表現しているの。何も音が聞こえないという意味で。だから区域内で発される音は全て聞こえてしまうの。馬の群れが街を横切るとき、その静けさを破壊するの。「放射能の音が聞こえる?」「そう、それが静寂の音よ」というのがまさに放射能の音ということね。鳥が飛ぶとか、馬が通るとか、実際に音があるけど。
制限区域内でおもしろいのは、そこにも生き生きしたものがまだあるということ。馬は野生化してしまったけれど、元々は飼われていた。それはまるで人が存在しなかった頃の状態に戻ったかのようね。自然が復権を取り戻したかのように。家の中に木が生えているのもそうだし、動物たちも、たとえば、夜には狼の鳴き声が聞こえる。取り残された馬も野生化した。野生動物もたくさんいる。とても怖いけど興味深い場所なの。おもしろいのは人間が存在する前の状態に戻っていることね。

OIT:「サウンド・ビフォア・マン」ですね(笑)。
MB:(笑)人が存在する前の音ね。区域内に人は住んでいないから。だから区域内の自然はとてもきれいなの。大木があったりして。

OIT:ところで、(アーニャが彼女と結婚したいという男と過ごす)オデッサの街が出てきましたがエイゼンシュテインの映画とは関係ありますか?
MB:もしかしたらね。ロシア映画への参照はたくさんあるから。たとえば『炎628』(85/エレム・クリモフElem Klimov)とか。私も感動した映画だけど、子供が戦争に行って捕虜になるというもの。同時にウクライナという場所も幻想的なの。ロシア映画にはそれがよく出ていると思う。エイゼンシュテインの影響はあまりないけど、タルコフスキーやエレム・クリモフの影は見られると思うわ。


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