OUTSIDE IN TOKYO
KOREEDA HIROKAZU INTERVIEW

是枝裕和『奇跡』インタヴュー

5. フィクションをやるにしても、抽象画を描くにしても、デッサンが大事

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OIT:(地震)すごく長かったですね。
スタッフ:福島で震度6のようです。
HK:東京は(震度)4?また6か……。浜岡原発とかは止めた方がいいと思うんですけどね、本当に。この状況で、東海地震の(可能性のある)一番ヤバい場所で原発を未だに動かし続けている神経がよく分んないんですよね。

OIT:色々考えるんですけど、こういう状況もあったので(あえて聞きます)。こうして映画を撮られましたが、その上でドキュメンタリーを撮りたいという意識にはなっていたりするですか?
HK:まだないです。

OIT:ドキュメンタリーは(もっと)確信を持ってからということですか?
HK:いや、分からないですね。また行こうと思っているので。何度か行きながら、何かドキュメンタリーとして提示できるものを自分の中で思いつけば、ちゃんと撮ろうと思っていますけど、今のところは一回行っただけなので。それがどう広がっていくのか、ちょっと分からないです。僕の周りにいる果敢なジャーナリストたちは今日も福島(に行っていて)、ちょっと今、心配なんですけどね。福島に行っている連中が何人かいて、かなり原発のそばまで行って、避難していない人たちを取材したりしている連中が結構いるので、そういう人たちはもうたぶん撮っていて、すぐにそれをどういう風に世に問うていくかということで、瞬発力が問われているだろうけど、僕は今そういう状況で撮ってはいないので、もう少しスパンの長いかたちで(やろうと思います)。東北というものをどう見ていくかということは、もう少し自分の中で進展させてから出そうと思っています。

OIT:監督の映画はフィクションとドキュメンタリーの両方の要素をお持ちだと思うんですね。それをご自分でも分けて使ったりしてると思うのですが、それが交わる時もありますよね。それは意識的に、どの程度が意図された交わり方をしているのでしょう?
HK:分からないんですよね。今回は、あの、否応なく、報道から排除されてしまったので。テレビ人としては、僕はプロダクションのディレクターなので、こういう状況の時、プロダクションとしてはテレビにタッチできないんですよ。番組を作って納品するだけなので。そうすると、放送されずに終わっちゃうだけなんですよ。「放送が延びました」みたいな。それで報道はやはり聖域なので。もちろん何人か契約で入っている人たちもいるんだけど、基本的には局の報道(部)と系列局の報道ディレクターたちが取材するから、僕は視聴者なんですよ、否応なく。そこでもしタッチできていれば、テレビの報道とかテレビドキュメンタリーというかたちで僕も動いていたと思うんですけど。それは現実問題としてそうはさせてもらえなかったので、ちくしょー、いいよ、一人で撮ってやると思って、報道とは関係のないところで行ったので。その発想がなんとなく今回はフィクションだなって。なんとなくだけど、結果的にそうなってしまったんですけど。果敢に福島へ行っている人たちは報道として出しているだろうけど、僕はそういう選択肢を選ばなかったので。むしろ、あの場所に行き、強烈な潮の匂いと、何か油の匂いと、埃のような匂いが混ざったものがまとわりついてくるんですよ。それが自分の中にすごく残っていて。だからそういうものがどこかで出てくるかもしれないなと思いますけど、今回はそういうスタンスだなってなんとなくこの一ヵ月は思っているので、今回は出てくるとすれば、撮った映像をそのままどこかに出すということではなく、もう少し自分の中で変化させてから出てくるかもしれないなという感じがしています。

OIT:この『奇跡』はフィクションという捉え方をされると思いますが、現実的な事象というか用法なり、色んなことがたくさん出てきますよね。それはリアリティという面ではドキュメンタリー的な要素が入っているのかなとは思ったのですが、それはいかがですか?ドキュメンタリーかフィクションか、というのか、ダイレクトなのかどうかとか、リアリティなど、どこにベクトルがあるのでしょう?
HK:ここのところずっと考えてるんですよね。フィクションをやるにしても、要するに、抽象画を描くにしても、デッサンは大事だなということなんですよ。だからフィクションを作る上でも観察をする、デッサンを描くという作業を疎かにすると、僕はたぶん、何だろうな、リアリティのある動画、それは生っぽいとか現実的だということじゃなく、観た人の中でちゃんとリアリティがあるかどうか、腑に落ちるものにするために、僕はリサーチをしているのだと思います。だから今回も、オーディションに来た子供たち900人くらいに話を聞いて、「どんな奇跡が起きたらいいと思う?」と聞いたことを反映させているんですね。それで、どうやってお金を集めるかという話し合いをしてもらって、それも反映させているんです。そういうリサーチと、集まった子供たちが着ている服とか(も見て)。ちゃんとデッサンを書くようにというか、リサーチをして、それをリアリティと呼ぶのならばリアリティだと思いますけど、ちゃんとやろうと思っているのです。フィクションだと思っていますよ。僕なりのフィクションだと。それでも、彼らの持っているものはもらってきてますけどね。ここから随分もらってきているけど、もらってきておいてフィクションを作っている感じです。


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