OUTSIDE IN TOKYO
KOREEDA HIROKAZU INTERVIEW

是枝裕和『奇跡』インタヴュー

3. 報道の一旦を担いたかったが、実現しなかった

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OIT:地震が起きる前の、社会が停滞しているという状況だけだとしても、背負うものはあったのでしょうね。
HK:それは全然——自分の中も色々と停滞していたから(そもそも)作りたいと思ったので。僕も今の時代を生きているから、今の時代と僕がリンクした中で、きっと僕が必要としたように、もしかすると、社会もこういうものを必要とする人たちが、僕以外にもいただろうとは思います。(ただ)その色や意味合いが少し濃くなってしまった、というのはちょっとありますね。

OIT:そこは強調したくないんですね。
HK:僕の側からはね。僕がこれを震災の後に作っているんだったらーー今、この状況の日本に対して、僕はこういうメッセージを発したいと思うので、被災された方々もこれを観て元気になって下さいと(言えるかもしれません)。そういう映画はあまり好きじゃないけど。そういう言い方もあるかもしれないけど、(実際に)そうではないから。

OIT:映画監督として、この状況の中で撮って、自分が出せるという確信が持てるもの、力になるものというのは感覚はあるものですか?
HK:震災が起きる前に、次に撮ろうと思っていた企画はいくつかあるんですけど、今は一旦、全てを白紙に戻しました。それは企画自体を変えていくか、書き直すかは分からないけど、やはりそこは自分の中で、この状況を(乗り)超えて撮りたいと思うものはもう一度練り直して、見つめ直さないと、あまり地続きでは作れない感じがします。それくらい、やはり自分にとって、目の前に広がっている世界は変わった気がします。

OIT:確かに変わりましたよね。もう(あの震災の日から)一ヵ月ですね。監督の役割として、規模は別として、自分は何かを提示、提供したいと思いますか?
HK:直接ですか?出来るんだったらやるけれど、僕はきっと時間がかかると思います。出来るなら、やっぱり僕はテレビの人間でもあるので、今の報道の一旦を担いたいという気持ちもすごくあったから、そういう動きをしようと思った事もあったんです。でもなかなか実現せず、一応、本当に一応ですけど、カメラマンと一緒に被災地へ入って映像は撮ってきたんです。宮城、岩手とずっと海岸線を移動しながら。でもそれを報道で出すわけではないから。自分の目で見て、匂いを嗅いで、あの場所に立ってきたことは、今、被災してる人たちの役には立たないかもしれないけど、それを飲み込んだ上で自分の次の創作に確実に反映させなければいけないなと思っています。それがどんな形であれ。その映像を使うか使わないかは別としてね。それが何年先になるかも分からないですし。そう思っています。そういう役割は担っていると思います。作っていく以上は。

OIT:それはまだ見えないんですね?
HK:ええ、まだ見えてないです。

OIT:映画を撮ることで救われたということですが、逆に映画を観る側として救われたという体験はありましたか?
HK:ああ、観たことで救われた映画ですか?あるある。『天空の城ラピュタ』(笑)。アニメに逃げたわけじゃないけど、それは色んな状況が重なって『天空の城ラピュタ』は就職活動中にリクルートスーツ(姿)で観たので。散々な目に遭って、すっかり打ちひしがれて、面接に失敗して帰りがけに池袋の映画館で観たのが『天空の城ラピュタ』です(笑)。

OIT:その時、何を感じましたか?
HK:いやー、世界っていいな、って思いましたよ。女の子が空から降ってくるなんてね(笑)。だって、あれは“血湧き肉踊る”活劇だからね。男の子は男の子として。

OIT:それは自分も夢を抱けるような感覚ということですか?
HK:パズーに自分を重ねたわけじゃないんですけどね(笑)。なんか、こういうものっていいなと思ったんですよね。元気づけられるなって。


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