OUTSIDE IN TOKYO
HATA SAHOKO INTERVIEW

1950年代のパリでヌーヴェル・ヴァーグ誕生の瞬間に立ち会い、まだ撮影中だったゴダールの『À bout de souffle』を世界で最初に買い付け、『勝手にしやがれ』(59)という邦題で日本公開にこぎ着けたという伝説的なキャリア、1920年代から1970年代の映画におけるファッションを論じた著書「スクリーン・モードと女優たち」(73)、山田宏一氏との魅惑の対談集「映画、輪舞(ロンド)のように」(96)等の著作で知られ、今年の春にはそのドラマティックな半生を材にしたといわれる自伝的小説「影の部分」を上椊。朝日新聞の映画評論でも健筆を奮っている秦早穂子氏が、先だって開催された第13回東京フィルメックスのコンペティション部門の審査員を務めた。45年間、カンヌ国際映画祭に通い続けた秦さんの来歴を見れば当然の成り行きのようにすら思えるが、私たちは、映画のグラマララスな時代をよく知る秦さんが、フィルメックスで上映される作品群をどのような目でご覧になっているのか興味を惹かれ、審査員としての作品鑑賞の忙しい合間を縫ってお時間を頂戴し、お話を伺う幸甚を得た。初対面の私たちに向かって発せられる秦さんの言葉は、広い見識に裏打ちされた率直さが切れ味鋭くも、映画の作り手と観客、双方の未来に思いを馳せる思慮深さと温かさに満ちていた。

1. 歴史的視点がないと、世界には通じません

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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):今年のフィルメックスの印象はどうでしょうか?
秦早穂子:今年だけではありませんが、フィルメックスのいいところは、日本ではあまり知られていない中東やアジアの国々について、マスメディアを通じて流れている戦争などのニュース映像を超えた、あらゆる庶民の生活や心持ちが、映画を通して見られるということですね。日本では、どうしてもここが死角になっていると思うのです。私が観客のひとりとして、フィルメックスへ通い出したのは、どんなに旅をしても旅人には発見出来ない何かが、あったからです。映画を通したそうした発見は、やはり今年もあるのではないかと期待しています。フィルメックスでみんなが夢中になった映画作家は、今までも多くいますけれど、出来れば、若い人の映画、可能性のある映画を見つけられればいいなとも思っています。作品がいいものであることが一番ですが、新しい可能性がある人を発掘できれば、フィルメックスはもっと可能性を広めていけるでしょうから。もうひとつのフィルメックスの長所は、組織が細部にまで、注意が行き届いているところです。映画祭で映画を見るという大切な条件は、こうした、心遣い、人間関係にもあるのですから。

OIT:フィルメックスは、凄くいい映画を観る機会があって、とても好きなんですけど、同時に作家もちょっと固まってきている感じがします。
秦早穂子:どうしてもそうなる傾向はあるでしょう。そこのところを何とかしたいという幻想を抱くのは、みんな映画が好きだから。もっといい映画があって、もっといい監督がいるのだろうと。だが、現実はとても厳しいのだと思います。だから、ちょっとでも可能性のある人、それが後では誤るかもしれないけれど、それでもそういう人に、出会えたらば、と思っています。

OIT:今まで映画をずっとご覧になってきて、今の映画に対する苛立ちはありますか?
秦早穂子:今の映画って日本映画?

OIT:まず日本映画。
秦早穂子:一番の問題ね。でもそれは、私たちの社会状況とか、戦前戦後に歩んできた歴史にも問題があるのでしょう。戦争が終わった時も、“負けた”ことを“終戦”と言い、占領軍じゃなくて進駐軍と言う、そういう風に全てを曖昧にしてきました。若い人はもう戦争も知らないし、飢えも知らない。ましてシラミも知らないでしょう。でも私たちの世代は多少戦争を知っている。人間はあんまり変わってない、どこの国でも、どの思想でも。結婚にしても恋愛にしても、今でも経済的理由で結婚する人は大勢いるわけですし。2000元のお金が欲しいために連れ子して結婚する人もいる。シラミも、結婚と金の話も、今年の特別招待で上映された王兵(ワン・ビン)の『三姉妹(原題)』の内容の一部です。けれども、日本だって、かつてそうだったとは、考えない。つまり、映画上映後のQ&Aに参加しても、優れた質問と、全くイマジネーションがない質問とがあって、どうしてこうなるのかなと考えて興味があるのです。やっぱり何処かで何かを失ってきているのだと思う。日本映画が、今、日本で、また受けているというけれども、いい映画だから受けているわけではない部分がある。外国映画をスーパーで読むのが面倒くさいから日本映画が好きだって言うのなら、それでは世界から凄く遅れますね。今、日本は非常に重要な状況にいます。それが、映画製作に困難さを与えると同時に、すごい作品を創るきっかけになるかもしれない。チャンスかもしれません。でも、それには、歴史的視点がないと、世界には通じません。

第13回東京フィルメックス
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