OUTSIDE IN TOKYO
JEAN-PIERRE & LUC DARDENNE INTERVIEW

1996年の『イゴールの約束』以降、『ロゼッタ』(99)、『息子のまなざし』(02)、『ある子供』(05)、『ロルナの祈り』(08)、『少年と自転車』(11)、そして、今作『サンドラの週末』(14)まで、着実に3年毎に新作を届けてくれる世界的巨匠ダルデンヌ兄弟の作品を、今改めて見直してみると、ひとつひとつの作品が大きなダルデンヌ映画の各章を成しているように見える。本インタヴューで彼らが明かしてくれたように、彼らの作品はすべて、ベルギー東部ワロン地域のリエージュ州の州都リエージュで撮影されている。つまり、ダルデンヌ兄弟にとっての”リエージュ”とは、中上健次にとっての熊野であり、ダルデンヌ兄弟の作品の総体は、フォークナーのヨクナパトーファ・サーガと比肩しうるものになりつつあるように見える。”サスペンスの巨匠”として知られるジョルジュ・シムノンの出身地でもあるリエージュはまた、ワロン地域における交通の要衝であるという。自転車、バイク、車、人々の交わりを、サスペンスフルかつ活劇的な移動撮影の連なりで捉えるダルデンヌ映画のスタイルは、地理的な合理性の中から必然的に創造されたものであると言えるのかもしれない。

しかし、本作『サンドラの週末』の主人公サンドラの動きを追うキャメラの動きは、自転車やバイクや車に乗って激しく”動き回る”、あるいは、『ロルナの祈り』の時のように、それが乳母車だったとしても”走り回る”、ダルデンヌ・サーガの主人公たちの中では、類例のないほどゆったりとしたものだ。それは、サンドラが、ダルデンヌ映画の主人公の中でも例外的に弱り切った人物であることを意味している。そのうちひしがれた人物を演じるのが、”あの”マリオン・コティヤールなのだが、映画を見れば、そこに違和感など微塵もないことに却って驚かされる。人は、かくも簡単に映画のフィクションを信じてしまう。それが”映画の力”というものなのか?そのマリオン・コティヤールの映画的”自然”の佇まいを成立させる背景、そして、ダルデンヌ・サーガとともに成長し、映画に深みを与えてゆく”ダルデンヌ・マフィア”の面々について、3年振りの来日を果たした巨匠のお二人にお話を伺った。

なお、このインタヴューを行った2015年3月25日の時点では存命されていたマノエル・ド・オリヴェイラ監督が、2015年4月2日に逝去された。オリヴェイラ監督がまだ映画を撮り続けている、ただ、その事実だけで、多くの映画人や映画ファンは心を安らかにすることができた、その巨星を喪った悲しみは未だ大きい。この場を借りて、改めてご冥福をお祈りします。

1. (私たちの映画が)一つの全体という感じを与えるのは、
 いつも同じ街で撮影しているということがあるのでしょう

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Q:今回、お会い出来るということで『イゴールの約束』(96)以降の作品をあらためて見直してきました。何度観ても素晴らしいのですが、一つ一つの作品が、大きな“ダルデンヌ映画”というサーガの中の、一つ一つのチャプターのように観えたのです。もちろん、毎回違うテーマや題材で作っているとは思うのですが、そういう一つの大きな作品を生涯を掛けて作っているというような感覚はお持ちでしょうか?
リュック・ダルデンヌ:一つの全体という感じを与えるのは、いつも同じ街で撮影しているということがあるのでしょう。郊外も含めて背景がいつも同じであるということ、同じ光、同じ色合いの家、同じ川、同じ場所で撮影をしていることが統一感を与えているのだと思います。もちろん撮影の仕方もありますけれども、その場所が一つであるということが一つの全体を構成しているっていう印象をもたらす大きな原因ではないでしょうか。光がありますし、色があります。それで登場人物を撮影している時、例えば、『イゴールの約束』の時には“ロゼッタ”は多分、美術高校を出てそろそろ仕事をしなければいけないというような形で高校生として、その街のどこかにいたのかもしれない、『ロゼッタ』(99)を撮影していた時には、ちょうど“ロルナ”がルーマニアで外国に移民として働きに行こうと決意していたかもしれない。ですから映画で描く前から、その人々はその同じ場所の世界のどこかにいたような気がします。カメラが後になって別の時にその人に興味を持って撮影をしていく、そういう印象はあります。テーマが似ていることもあるでしょう。恐らくいつも私達が表しているテーマは、映画作家として我々が持っているオブセションからきていますから。
Q:主演のマリオン・コティヤールが(プレス向け資料の)インタヴューの中で、まさか自分がお二人の映画に出演できるとは思っていなかった、と答えているのですが、多分そういう風に思っている俳優はたくさんキャリアを積んでいるんじゃないかと思うんですね。自分達が今キャリアのある俳優達にそういった感じで思われていることをどのように感じているか、お話頂けますか?
ジャン=ピエール・ダルデンヌ:俳優の欲望は私にとって謎です。確かに、仰るようにダルデンヌ映画に出演したいと思っているけれども、機会がない、役がないと思っている人もいるかもしれません。まず言語のバリアの問題があります、私達の映画に出るのであればフランス語を話せないといけません、全く別の物語を語るのなら別ですけれども。ただ映画作家にとって重要なのは良い出会いをすることではないでしょうか?それは有名であるか無名であるかに関わりません、良い俳優と良い出会いをすることですね。カメラの前に来て俳優としての自分を完全に消しさり、登場人物そのものになることが出来るような俳優と出会うこと、それこそが面白いことだと思うんです。マリオン・コティヤールはその点でとても素晴らしい女優でした。凄く努力をしてサンドラになり、スクリーンの中にはサンドラが存在し、マリオン・コティヤールはサンドラの後ろに消えてしまっている、そのようなチャレンジを受け入れてくれたのです。とはいえマリオン・コティヤールもそこには存在している、なぜなら彼女に出演してもらおうと思ったのはマリオン・コティヤールの存在感を持ち込んでほしいと思っていたからです。
Q:なるほど、ではお二人の映画は全ての俳優に開かれていると受け止めてよろしいですか?
ジャン=ピエール:そうです。もちろん、日本の方へも。

『サンドラの週末』
原題:deux jours, une nuit

5月23日(土)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー

監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
助監督:カロリーヌ・タンブール
撮影監督:アラン・マルコアン(s.b.c)
カメラマン:ブノワ・デルヴォー
カメラマン助手:アモリ・デュケンヌ
編集:マリ=エレーヌ・ドゾ
音響:ブノワ・ド・クレルク
ミキシング:トマ・ゴデ
美術:イゴール・ガブリエル
衣装:マイラ・ラムダン=レヴィ
メーキャップ:ナタリ・タバロー=ヴュイユ
ロケーション・マネージャー:フィリップ・トゥーサン
ユニット・プロダクション・マネージャー:フィリップ・グロフ
スチール:クリスティーヌ・プレニュヌ
出演:マリオン・コティヤール、ファブリツィオ・ロンジォーネ、ピリ・グロワーヌ、シモン・コードリ

© Les Films du Fleuve - Archipel 35 - Bim Distribuzione - Eyeworks - RTBF(Télévisions, belge) - France 2 Cinéma photo© Christine Plenus

2014/ベルギー=フランス=イタリア/95分
配給:ビターズ・エンド

『サンドラの週末』
オフィシャルサイト
http://www.bitters.co.jp/sandra/
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