OUTSIDE IN TOKYO
BI GAN Interview

「心の流れはとらえようがない」という言葉は、果たして『凱里ブルース』(2015)からのものだったか、『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』(2018)からのものだったか、今となっては記憶が曖昧だが、この言葉が生起するある種の”詩情”ほど、自らの映画を上手く言い表している言葉もないと思う。

ビー・ガン監督の作品は、今まで、ウォン・カーウァイ(王家衛)、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)、アンドレイ・タルコフスキー、デヴィッド・リンチといった巨匠たちの名を参照して語られてきた。そうした影響関係は、監督自身も認めている通りだが、とりわけ、ビー・ガン作品に流れる豊かな”詩情”と”詩”そのものとの密接な関係性から想起されるのはジャン・リュック=ゴダールの”60年代ゴダール”とも総称される初期作品群のことである。残念ながら、ここでゴダール初期作品群に触れる余裕はないが、その豊かな詩情を生んでいるのが、21世紀の観客が新たに発見することになった「凱里」という中国貴州省のミャオ族自治州である見慣れぬ土地の風景と、ウィリアム・フォークナーの「ヨクナパトーファ」さながらに、ビー・ガン監督が作り上げた架空の地「ダンマイ」の存在であることは疑いようもない。

『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』は、現実の土地「凱里」と架空の地「ダンマイ」を往来しながら、夢と現実、過去・現在・未来の時制、タイムスリップなのか、記憶なのか、すべてが曖昧に二重に存在する虚構の中で、主人公ルオ(ホアン・ジエ)が、ふたりの女(タン・ウェイが演じるファムファタール的女性ワン・チーウェンとカイチン、そして、シルヴィア・チャンが演じるホワイト・キャッツの母親と赤毛の女)を追い求める幻想的な愛の物語であるとひとまず要約出来るのかもしれない。事はそれほど単純でもないが、ここで詳述するよりも、まずは映画をご覧になって頂くのが良いだろう。

『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』に漂う人間的感情は”喜び”ではなく、うつろい易さ、もろさ、はかなさ、つかれ、憂鬱、ブルースの感情であり、その感性が21世紀における現代人の生活の現実感を表象し得ていること、そして、女の濡れた肌、室内に滴る水滴、地下の貯水池、あばら屋の横を激しく流れる河川といったあらゆるところに偏在する”水”の存在が、フィルム・ノワールのジャンル的特性に新たな質感のレイヤーを付け加えていること、同時に、タル・ベーラからダルデンヌ兄弟、フー・ボーの『象は静かに座っている』(2018)に至る現代映画に顕著な”トラッキング・ムービー”の手法と60分ワンショットの3D撮影、そうしたすべてが、人間の本物を感情を描く、新しいリアリティを「映画」にもたらす革新的な作品に結実していることが驚異的である。

1. “地球最期の夜(地球最后的夜晩)”が来るという、
 茫然たる複雑な心境はこの映画の主題とも合っていると思ったので、2000年という設定にしたのです

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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』を拝見して素晴らしい映画だと思いました。映画に新しい独自のリアリティをもたらす革新的な作品だと思います。
ビー・ガン:それはまさに僕が聞きたいと思っている感想、そのものです(笑)。

OIT:3D映画の部分ですが、時代設定が2000年に設定されていました。2000年というとホウ・シャオシェン監督の『ミレニアム・マンボ』やウォン・カーウァイ監督の『花様年華』が公開された年でもありますが、その2000年という設定にはどういう意味があるのでしょう?
ビー・ガン:2000年を迎えるにあたって、1999年が終わる時って、“世界の終わり”といったことが騒がれていた年でもあったと思います。この映画の中国語のタイトルは“地球最期の夜(地球最后的夜晩)”というものでもありますし、そういった時勢の中で“最期の日”がくる、地球が滅亡するのではないかという、そうした時代的な要素を掛け合わせたという意味合いがあります。しかし、もちろん世界はその時、“最期の日”を迎えませんでしたけれども、その時人々が新しい世紀を迎える、新しい時代がくるとともに終わりを迎えるというのは、とても複雑な心境だったのではないかと思うのですね。そういった茫然たる複雑な心境は自分のこの映画の主題とも合っていると思ったので、2000年という設定にしたのです。



『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』
英題:Long Day's Journey Into Night

2月28日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリーほか全国順次公開

監督・脚本:ビー・ガン
撮影:ヤオ・ホンイ、トン・ジンソン、ダーヴィッド・シザレ
音楽:リン・チャン、ポワン・シュー
出演:タン・ウェイ、ホアン・ジエ、シルヴィア・チャン、チェン・ヨンゾン、リー・ホンチー

© 2018 Dangmai Films Co., LTD, Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD - Wild Bunch / ReallyLikeFilms

2018年/138分/G/中国・フランス
配給:リアリーライクフィルムズ、miramiru

『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』
オフィシャルサイト
https://www.reallylikefilms.com/
longdays
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