OUTSIDE IN TOKYO
Andrey Zvyagintsev INTERVIEW

『父、帰る』(03)、『ヴェラの祈り』(07)、『エレナの惑い』(11)に次ぐ長編第四作目『裁かれるは善人のみ』(14)が公開中のアンドレイ・ズビャギンツェフ監督に行ったメールインタヴューをここに掲載する。

『裁かれるは善人のみ』(原題:Leviafan、英題:Leviathan)は、前作『エレナの惑い』で描かれた、人々の荒廃した心の風景が、現実の社会システムとして広がっていることの“寓話”として描かれているように見える。ただ、『エレナの惑い』では市井の人々の肖像が描かれていたが、『裁かれるは善人のみ』においては、既得権益を守るためには手段を選ばない権力機構”国家”に、その照準は充てられている。

映画は、原初の自然が時を超えてそのまま残っているような、荒々しい海を見渡す、ロシア北部のバレンツ海沿岸地帯を舞台に、そこで生まれ育った男コーリャ(アレクセイ・セレブリャコフ)と、その土地を二束三文で買い叩き、新たな開発によって利潤を得ようとする市長ヴァディム(ロマン・マディアノフ)との対決、そして、コーリャを助太刀する軍隊時代の後輩であり、モスクワで活躍する弁護士ディーマ(ウラディミール・ヴドヴォチェンコフ)やコーリャの妻リリア(エレナ・リャドワ)、一人息子のロマ(セルゲイ・ポホダーエフ)といった、主人公の家族や周囲の人々の人間群像をも卓越したリアリズムで描き出す。

『エレナの惑い』にも出演していたエレナ・リャドワが演じるリリアは影の主役というべき存在感で、抑制の効いた素晴らしい演技を見せている。この映画には、政治的な寓話であると同時に、夫よりも朝早く起きて働かなければならない”女性たち”にオマージュを捧げた「女性映画」としてのメランコリックな旋律が基底に流れているのだ。しかし、ひたすらウォッカを飲み続けるしかない灰色の日常を支配する“絶望”が、アレクセイ・ゲルマンの遺作『神々のたそがれ』(13)の乱痴気騒ぎやアレクサンドル・ソクーロフの『ファウスト』(11)のけたたましさと、ポジとネガの存在であるかのように見るものを圧倒し、「女性映画」の旋律もまた、極めてロシア的な壮大な”絶望”の交響曲の流れに呑み込まれていくしかない。

その”絶望”の洪水の中で人はどのように振る舞うことが出来るのか、『裁かれるは善人のみ』は、とても悲劇的な形でその答えを見るものに突きつける。重要なのは、この映画において、映画という嘘の技術を駆使して語られていることには全く嘘がない、ということである。その”嘘のなさ”が成せる技なのか、”絶望”は、灰色の広大な海と空の彼方へと、何の痕跡も残さず突き抜けてゆく。そこには太古からの厳然とした自然を湛える詩情ばかりが悠然と揺蕩っている。

1. 1日12時間の撮影時間がありましたが、3シーンしか撮らず、リハーサルに十分な時間をかけました

1  |  2  |  3



OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):裏表のない率直なコーリャと息子のロマ、何か思惑あり気な妻リリアとディーマ、各登場人物が、極めて緻密に演じ分けられています。人物造形はどのようにつくっていったのでしょうか?
アンドレイ・ズビャギンツェフ:持っているものをすべて失ってしまうような人の話を描きたいと思っていました。ひとつずつ、少しずつ、健康も人生も失ってしまうような。コーリャは独裁的な権力に対抗しているわけではなく、家族が代々暮らしてきた土地を守りたいだけなのです。土地を失うことは、自分のアイデンティティが失われることを意味します。彼は英雄ではなく、永遠で、美しく、無関心な自然の前ではちっぽけな人間に過ぎません。『ヨブ記』でいうところの“正義の被害者”であり、とある実験の被験体ともいえます。 撮影をしながら何度もリハーサルを行いました。1日12時間の撮影時間がありましたが、3シーンしか撮らず、リハーサルに十分な時間をかけました。シリアスな芝居が絡む映画では必要なことです。たとえば、役者が飲んでいたり、酔っている芝居をすることがありました。酩酊状態をリアルに表現するために、役者が実際に飲酒する方法を採ることにしました。市長だけは素面のままでした。そのように人物は形成されていきました。

『裁かれるは善人のみ』
英題:Leviathan

10月31日(土)より、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

監督・脚本:アンドレイ・ズビャギンツェフ
音楽:フィリップ・グラス
共同脚本:オレグ・ネギン
撮影監督:ミハイル・クリチマン
出演:アレクセイ・セレブリャコフ、エレナ・リャドワ、ウラディミール・ヴドヴィチェンコフ、ロマン・マディアノフ

(c) 2014 Pyramide / LM www.bitters.co.jp/zennin

2014年/ロシア/140分/カラー
配給:ビターズ・エンド

『裁かれるは善人のみ』
オフィシャルサイト
http://www.bitters.co.jp/zennin/
1  |  2  |  3    次ページ→