OUTSIDE IN TOKYO
Andrey Zvyagintsev INTERVIEW

アンドレイ・ズビャギンツェフ『裁かれるは善人のみ』インタヴュー

3. プーチンがこの映画を観ても、気まずい思いをすることはないでしょう。

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OIT:プッシー・ライオットの映像がテレビ画面に映し出されたり、プーチンの肖像写真が悪辣な市長の背後に飾られていたり、極めて反プーチン的に見えるこの映画が、米国アカデミー外国語映画賞ロシア部門の代表として選出されるのは不自然ではないとして、ロシア政府はこの映画をどのように見ているのでしょうか?プーチン大統領はこの映画を見たのでしょうか?
アンドレイ・ズビャギンツェフ:文化省大臣ウラジーミル・メディンスキーが映画を観てコメントをしました。「映画の終わり方が非常に悲劇的で厭世的だ。希望も光もない」と。公人としての発言は、作品を評価してくれたとみなすこともできますが、個人的な意見を述べただけだとも言えます。彼は映画から、人民の生活を率直に反映した“厄介な”要素を取り除けば、実際の生活がよりよくなると思っています。人はよく、映画を思想的・教化的な手段ととらえていますが、私はもっと曖昧な視点を持っている方が大事だと考えています。
市長側にいる者の何人かが“統一ロシア”と小さく書かれたジャケットを着ているのは、権力に忠誠を誓っている人を表現しています。そう、表明しているのです。プーチンがこの映画を観ても、気まずい思いをすることはないでしょう。

OIT:監督の映画的バックグラウンドを教えてください。
アンドレイ・ズビャギンツェフ:初めは舞台俳優になりたかったので、シベリアにある演劇学校に通いましたが、将来の展望は見えませんでした。それから、アル・パチーノ主演の『ボビー・デアフィールド』(77)と『ジャスティス』(79)に夢中になり、モスクワに移って実験的な舞台に立っていました。それでも成功には程遠く、ビルや街路の清掃する仕事などをしていました。絶望よりももっとひどい、どう表現していいかわからない状態でした。負け犬で、ゼロで、無だったのです。
仕事を転々とする中で、家具店のCMを制作することになり、そこで映像制作を学びました。アントニオーニの『情事』(60)を観て衝撃を受け、映画監督を志しました。『若者のすべて』(60)やエリック・ロメール監督作品など、60年代の映画をむさぼるように吸収しました。その後も舞台には立ち続けていましたが、探偵ものの連続ドラマを撮影する機会に恵まれ、プロデューサーの目に留まり、2001年に映画を作らないかと声をかけられました。それが、『父、帰る』(03)に結実しました。

OIT:準備中の新作について、可能な範囲で教えてください。
アンドレイ・ズビャギンツェフ:次回作については、私ひとりで決められることではなく、プロデューサーのアレクサンドル・ロドニャンスキーによるところが大きいです。彼の机にはいくつかの脚本が数年間積んであります。大規模な予算を必要とする歴史ものです。
そのうち2つは第二次世界大戦時における旧ソ連領での出来事です。ナチス占領下にキエフ近郊のバビ・ヤールで起きた虐殺についてと、900日に渡るレニングラード包囲戦とがあります。ただし、戦闘、爆発、戦車についての物語ではありません。
また、ポーランド国王の話と、古代ギリシアを舞台にした作品もあります。後者は、アテネの港を再建しなければならない企画です。


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