OUTSIDE IN TOKYO
Director's Talk

タル・ベーラ『ニーチェの馬』Q&A:全文掲載


2011年11月24日 東京フィルメックス(有楽町朝日ホール)にて
テキスト・写真:上原輝樹
2012.2.10 update

『ニーチェの馬』公開目前特集第2弾、第12回東京フィルメックス特別招待作品として11月24日に上映された後に行なわれた、タル・ベーラ監督と観客とのQ&Aを全文掲載します。圧倒的な傑作『ニーチェの馬』上映直後の、あの打ちのめされた雰囲気の中で果敢に質問をした観客の皆さんの勇気を讃えつつ、魔術のように特別な空間と時間を作り出し、私たちに異次元の感動を与えてくれたタル・ベーラ監督に感謝を捧げたい。

1. 皆さまがもし今夜あの家にいらっしゃったら、同じ行動をすると私は考えています

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司会:タル・ベーラ監督をお招きできる喜びを噛み締めております。本当にありがとうございます。ようこそタル・ベーラ監督、どうぞ皆さまにまずは一言ご挨拶をお願いいたします。
タル・ベーラ:こんなにお越し下さって、皆さまには心から御礼を申し上げます。そして今ご覧頂きました非常に観にくい、白黒の大変退屈なゆっくりとしたこの作品をご覧になって頂いてありがとうございます。
司会:限られたお時間ですけれど皆さまのご質問を一つでも多くおとりしたいと思います。ちょっと圧倒されたところですぐ手を挙げるのは難しいかもしれませんけれど、ご感想でも結構です、どうぞ皆さまご質問のある方、手を挙げて頂けますでしょうか?
Q:映画の限界といいますか、すごいところに挑戦している作品を観ることができて、本当に衝撃的というか、強烈な感動を覚えているんですけど、役者さん達の動きが長年あそこで生活していたかのような、すごく自然な動きで、動きの一つ一つがちょっとした変化を表していて、それで聞きたいんですけど、どれくらいリハーサルとか撮り直しとか、役者さん達にそういう演技をさせたのか、あとプロの役者さんを使ったのかどうかもお聞きしたいです。
タル・ベーラ:まずこの映画では人生、あるいは人生のロジックというものをお見せしたかったのです。日々、我々はルーティンというものをこなし、朝、目覚めて仕事に行き、そして食事をとるという行動をするわけです。でも、生きるためには、サバイブしたいのであれば、我々は戦わなければいけない、労働しなければいけないわけです。映画作家というものにはそんなに色々な材料があるわけでなく、真のリアルな人間的な状況というものを作らなければいけないと考えています。その場合、リハーサルが必要ない俳優さんと、何故かと言えば、そういう状況を作り、彼らをそこに置けば当然今回のキャラクターのような行動をするであろうと考える人々と仕事をするのです。皆さまがもし今夜あの家にいらっしゃったら、同じ行動をすると私は考えています。これが真のフィルムメーキングのロジックだと考えています。つまりリアルな状況を作るということが一番かもしれません。人生というのはどういう風に辿られるのかということをしっかりと捉えるということだと考えます。ですから最初のご質問に対してはリハーサルはしていないということになります。そして二つ目のご質問については、父親役のデルジ・ヤーノシュさんは俳優さんです。舞台で主に活躍していらっしゃいます。娘役を演じたエリカ・ボークさんは『サタンタンゴ』の少女役を演じていた方です。その後、『倫敦から来た男』でティルダ・スウィントンさんのお嬢さんの役をやっています。でも現在は女優さんではありません。ウイーンの近くのレストランの洗い場で働いていて、女優をする気は全くないようです。
Q:物語やテーマの面でもお伺いしたことがたくさんあるのですが、技術的なことを伺います。今でもモノクロフィルムは時々作られていますが、ここまで美しいモノクロフィルムはちょっと観たことがないと驚きました。特に暗い部分のグラデーションが非常にきめ細かに出ていて、そこに暗いんだけど何があるのか、それがどういう質感をしてるかが手にとるように分りました。ちょっと大雑把な質問になりますが、あんな美しいモノクロフィルムを撮るためにどういう工夫をなさったんでしょうか?それともう一つすみません、具体的なことでどうしてもお伺いしておきたいんですが、中盤で流れ者の馬車がやってくるシーンがあります。あのシーンで最初はカメラが家の中にあります、窓枠があって上手に娘がいます、それがいつの間にか外へ出ています、出て井戸の側にいます、少なくともいるように見えます。あそこは僕の勘違いでなければカットは割ってなかったと思うんですけど、あれは一体どういう風に撮影したんでしょう?
タル・ベーラ:まず一問目なんですけれども、自分にとっては白黒の方が撮りやすいので白黒を好んでいます。時にカラーというのはカラフルすぎるように感じます。何か違和感を感じるんですね、青、赤、緑、こういった色が強すぎるようにも感じますし、一方ですごく人工的というかプラスチックな質感、そういったものも感じる。また一方で非常に自然な感じが何故かしてしまうのにもまた違和感を感じたりします。何かが、そこには足りないようにカラーの場合は感じてしまうんですね。『ニーチェの馬』という作品を撮るにあたってはカラーでは無理であると考えていました。白黒の映画というのは非常にシンプルで、ご覧頂く時に白黒だなって思うと、ナチュラルなスタイルではないとすぐにお分かりになると思います。つまり一対一のリアルな関係ではなく、何かそこで、観客の皆さんがご覧になる作品の間で変身というか変容している、つまりこれは誰かの観点から描かれているんだなということを、白黒であることで心の準備が出来ると考えています。映画というものは一対一のリアリティではないわけですね、そういうふりをしてはいけないと思います。それは我々作り手がカメラを手にして映画を作っている、それはつまり我々のパーソナルなリアクション、意見そして物の見方から出来ているからです。ですから先ほど申し上げたリアルな人生のロジックというのを、我々の見え方で皆さまにお見せしている、それを観客の方が我々のビジョンを受け入れるのか、あるいは拒否するのかというのは観客の皆さんに委ねられているわけなんです。そしてテイクをどうやって撮るのかというのは、何とご説明したらよいのでしょうか、まるで料理の説明をするようなもので、それぞれ料理をする方によって少しずつスタイルがあり、言語があり、ちょっとした癖があり、秘密の材料があったりするわけです。これをどう説明していいのか、ちょっと難しいわけなんですけれども、例えば、いまおっしゃっていたシーンで、ジプシーがやって来る、それをカメラがずっと追っている、でもある瞬間から我々もその状況の直中にあるんだということを感じてほしいから、ああいう動きになっているわけです。それはもうリアリティに耳を傾けて感じなければいけないこと、だから時にはゆっくりになり、時にはスピードが早まり、そのシーンのリズムというものを感じながら作り上げていくわけなんです。ですから窓の外をもし自分が見ていた場合、遠くからやって来る人がいる、そこに目がいく、そこに焦点が合う、そしてそれを目で追っていくわけです、これが我々のロジックなわけで、先ほど申し上げた人生のロジックというものを我々は追っているだけなんです。

『ニーチェの馬』
英題:The Turin Horse

2月11日(土)より、シアターイメージフォーラムほか全国順次ロードショー

監督・脚本:タル・ベーラ
脚本:クラスナホルカイ・ラースロー
撮影:フレッド・ケレメン
音楽:ヴィーグ・ミハーイ
出演:ボーク・エリカ、デルジ・ヤーノシュ

2011年/ハンガリー、フランス、スイス、ドイツ/154分/モノクロ/35mm/1:1.66/ドルビーSRD
配給:ビターズ・エンド

『ニーチェの馬』
オフィシャルサイト
http://bitters.co.jp/uma/


タル・ベーラ『ニーチェの馬』
 記者会見:全文掲載


タル・ベーラ『ニーチェの馬』
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