OUTSIDE IN TOKYO
Press conference

タル・ベーラ『ニーチェの馬』記者会見:全文掲載

3.デジタルで映画を作るのであれば、その映画的言語を模索してほしい

1  |  2  |  3



Q:二つあるんですが、一つはもし六日後に世界が終わってしまうとしたら監督はそのことを知ってたとして六日をどう過ごしますか?あと、モノクロフィルムがすごく美しくてイマジネーションを刺激させてくれるので大好きなんですが、モノクロを選んでいる理由を教えてください。
タル・ベーラ:モノクロームの作品作りに関しては、まず単純に好きだからというのが一つ、そしてもう一つはカラーよりも自分にとってはカラフルに感じるからです。80年代にコダックがフィルムの素材をセルロイドからポリエステルに変えて以降、例えば基本の三色、青、赤、緑は、より青みが強い、赤みが強い、緑が強いという色になってしまいました。それはスクリーンでは自然に見えるという見え方をする一方で、非常にプラスチックの人工的な感じがする色でもあって、このプラスチックなところが私は大嫌いなんです。そしてモノクロームの場合は、グレースケールの全てを使えるというのが魅力です。黒味になにかを隠すことが出来る、あるいはなにか見せたいものを白いスポットを作ることによって、より見せることが出来るので、とても気に入っているのです。とても素晴らしいことだと感じている。また白黒映画をご覧になる方というのが、白黒だという風に知った瞬間、これはすごくナチュラルなリアルな世界というのではなく、誰かの手によって作られた世界観なんだということを感じて映画をご覧になると思う、その部分が非常に好きなのです。そしてここは日本ではありますけれども、皆さまも聖書はご存知だと思います。神がこのクソみたいな世界を六日で創造したわけですけれども、神はその六日後に満足し、七日目には休養した、その一日目に昼と夜を分けたという話があります。この『ニーチェの馬』ではこれを、アンチ・クリエーション、逆行というか、戻っていく六日間というものを描いています。七日目はないわけです、我々には。そこから永劫の休養が待っているわけです。
Q:フィルムで映画を撮るということ自体、あと撮影した映画をフィルムで残すということが難しくなっているのが多分世界的に広がっていると思うんですが、その中でもモノクロフィルムに拘って撮り続けるのが同じように難しくなっていると思います。今回で監督をやめられるというのは、そのことも関係しているのでしょうか?また、先ほどおっしゃられたプロデューサーや教える側として今後関わっていくようになって、これから映画を作り続ける若い人達に特別に伝えたいと思うことはどんなことでしょうか?
タル・ベーラ:テクノロジーの話だという風に理解しました。映画というものは35mm、セルロイドである、それこそが自分にとっては映画です、パワフルなものだと思っています。ただ色々なテクノロジー、映画を撮るための機材、それを使わない理由はないと思います。そのテクノロジーから生まれた作品は一つのアートと言えるのかもしれませんけれども、個人的にはフィルムだと呼びたくありません、映画という意味も含めてのフィルムだと思います。新しいデジタルの技術を使って映画を作るならば言語を見つけてほしいという風に思います。今、既存の映画作りと、そういった新しいデジタルなテクノロジーによる映画作りをミックスしてしまうのが如何なものかというのが私個人の思いです。デジタルで映画を作るのであれば、その言語を、映画的言語を模索してほしいと思います。それが既存のフィルムで撮った映画のようなものであると、なにかそういうフリみたいなことはしてほしくないと思うのです。そんなことをしてもリアルフィルムにはならないからです。本当の映画というのは触れられるべきものなんですね。実際に編集台の上で触れることが出来る、一コマ一コマ見ることが出来る。触れることが出来る、それが自分の好きな映画というものです。しかし、同時に新しい技術による可能性というのを、若い方にはどんどん発見してほしいと思います。世界というのは大きく、非常にカラフルな場所でもある、その中で新しい可能性を彼らに見つけてほしい、その為の手助けをしたいと自分は思っているんです。本当にそれだけで、彼らをこういう風に進むべきだと背中を押したり、教えるつもりはありません。ですから自分が最初に学生の方々に申し上げるのは、私の言ってることに耳を傾けてほしいけれども、私の作品を、私の映画作りを追うようなことはしないでくれ、ということなのです。


1  |  2  |  3