OUTSIDE IN TOKYO
Jasmila Zbanic Interview

第二次大戦後のヨーロッパで最悪ともいわれる、死者20万人、難民・避難民200万人を出したボスニア紛争から15年、人々の脳裏に戦火の記憶がまだ色濃く残るサラエボの街が舞台。航空機の客室乗務員として充実した日々を過ごすルナ(ズリンカ・ツヴィテシッチ)は、恋人のアマル(レオン・ルチェフ)と同棲している。共に両親や兄弟を戦争で失っている二人は、表面上ではあまりわからないが、内面では戦争の惨い記憶を払拭することができない。愛し合う二人だが、なかなか子供にも恵まれず、アルコール依存症のアマルは、失職したのを切っ掛けに、次第に宗教(イスラム教)に傾倒していき、ルナは、急速に信仰にのめりこんでゆくアマルに違和感を強めて行く。そんなある日、人工授精が成功して妊娠を告げられたアナが、大きな決断をする。彼女の決断の先には、果たしてどんな未来が待ち受けているのか?映画が終わった後、観客は様々な考えを巡らせることを余儀なくさせられることだろう。

ボスニア紛争の最中に多感な十代を過ごし、自分が生まれ育ったサラエボの街が破壊されてゆくさまを目に焼き付けたヤスミラ・ジュバニッチ監督は、紛争中にレイプされたことによって生まれた娘と母の葛藤を描いた、長編第一作『サラエボの花』で、2006年ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞し世界的脚光を浴びる。長編第二作目の本作では、異なる民族や宗教がおおらかに共存する理想の街として知られたサラエボの街がボスニア紛争を経て被った変容を見据えて、現代の不条理で不寛容な社会状況の中でも、しなやかに未来の可能性を探求する女性の姿を描く。二人が住むアパートメントのベランダから一望される街並、賑わう市場やカフェ、夜のクラブ・シーンなど、今のサラエボを捉えた瑞々しい映像も素晴らしい。

本作『サラエボ、希望の街』は、21世紀の女性監督の視点からの『軽蔑』(ジャン=リュック・ゴダール)の編奏なのではないか?などという妄想めいた思いつきを、監督が来日したらぶつけてみたいと思っていたが、残念ながら監督の来日は叶わなかった。その代わり、パリで取材時間を都合してくれた監督に(さすがに前述の質問は差し控えたが)、幾つか質問を投げ掛けることができた。オフィシャル・インタヴューに、OUTSIDE IN TOKYO オリジナルの質問と回答を加えた、ヤスミラ・ジュバニッチ監督インタヴューをお届けする。
(上原輝樹)

1. ルナが少女に与えた愛が、彼女自身を勇気づけ、自分を動かす力になった

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Q:前作『サラエボの花』では、紛争中にレイプされたことによって生まれた娘と母の葛藤を描いた作品でした。『サラエボ、希望の街角』では、対照的に子供を産むべきか産まないべきかの選択をする現代女性の繊細な気持ちの変化を丁寧に描かれていますが、前作『サラエボの花』で描いた母親を経て、今回ルナという女性の生き方に込められた監督の想いを教えてください。
ヤスミラ・ジュバニッチ (以降JZ):女性と母性に関していただいたこの質問はとても興味深いですね。『サラエボの花』で主人公のエスマは子供を産むか産まないかという選択肢はなかったのです。収容所でレイプされ、中絶ができない時期までそこで監禁されていましたので。一方、ルナの環境は異なります。彼女は仕事があり自分を愛してくれる夫との幸せな生活を信じ、そして子供を欲しています。しかし環境が変わってしまい、女性としての根本的な疑問を持つのです。ここで一番大切なことは彼女は自分ことは自分で決められるということです。

Q:ルナは、携帯のカメラを通して、自分の周囲の”世界”を見ることで、彼女と”世界”とのあるべき距離感をつかもうとしているかのようです。その姿は、監督ご自身の投影でしょうか?
JZ:私はルナに「熟考」の時間を持ってほしかったのです。今では私たちの体の一部となっているかのようなテクノロジーの力を借りて、彼女が自身を映し客観的に自分自身をとらえる時を与えたかった。このようにして私も自分自身の中に似た部分を見つけることができましたがルナは何かを作り出そうとするアーティストではないので。 彼女は撮影したり、写したものを削除します。私にとってそれ(削除すること)は監督として最大の悪夢ですね(笑)。

Q: ルナが、紛争で離れざるを得なかったかつて住んでいた家に戻るシーンで、今そこに住んでいる少女に「どうして出て行ったの」と聞かれ、ただ頭をなでるシーンが印象的ですが、ここでルナは語りません。このシーンでルナが考え、受け止めたものとは、何でしょうか?
JZ:ルナは10年以上の間行くことのできなかった昔の家を訪ねます。彼女が子供の頃、町がセルビア軍に占領され家を追い出されたのです。彼女の両親は殺されました。かつての自宅への訪問は彼女にとってはとてもエモーショナルな瞬間なのです。まず、行こうと決心するまでかなりの努力が必要でした。それは今、自分の人生に起こっている目の前の一大事を決心する上で、過去と対峙し過去の問題を解決することが必要だと彼女は思っていたのです。
現在、昔のルナの家に住んでいる少女は敵の「娘」で、その子は「ここは私の家なの」といいます。ルナはすぐに「いいえ、ここは私の家よ」と言い返したかったのです。しかし彼女はこの少女も、かつての自分と同じく子供自身には何の罪もないことに気づくのです。そしてルナは彼女に愛を与えました。彼女はその子に自分自身を発見し、そして自分自身を勇気づけたのです。この愛が彼女を動かす力となりました。

『サラエボ、希望の街角』
原題:NA PUTU

2月19日(土)岩波ホールほか全国順次ロードショー!

監督・脚本:ヤスミラ・ジュバニッチ
撮影:クリスティーン・A・マイヤー
編集:ニキ・モスベック
美術:ラダ・マグライリッチ、アミル・ヴーク
衣装:レイラ・ホジッチ
音楽:ブランコ・ヤクボヴィッチ
プロデューサー:ダミル・イブラヒモヴィッチ、ブルノ・ワグナー、バーバラ・アルバート、カール・バウムガルトナー、ライモント・ゲーベル、レオン・ルチェフ
出演:ズリンカ・ツヴィテシッチ、レオン・ルチェフ、ミリャナ・カラノヴィッチ、エルミン・ブラヴォ、マリヤ・ケーン、ニナ・ヴィオリッチ、セバスチャン・カヴァーツァ、イズディン・バイロヴィッチ、ルナ・ミヨヴィッチ

2010年/ボスニア・ヘルツェゴビナ、オーストリア、ドイツ、クロアチア/カラー/シネマスコープサイズ/ドルビーSRD
配給:アルバトロス・フィルム

©2009 Deblokada / coop99 / Pola Pandora / Produkcija Ziva / ZDF-Das kleine Fernsehspiel / ARTE

『サラエボ、希望の街角』
オフィシャルサイト
www.saraebo-kibou.com/
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